ドキュメンタリー映画「94歳のゲイ」と、支えた第二の主人公

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花房吾早子
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 大阪市西成区で暮らす高齢の男性同性愛者に密着したドキュメンタリー映画「94歳のゲイ」が関西で上映される。同性愛を隠し、恋愛も性体験もなく迎えた人生の終盤。そんな姿に30代の監督が興味を持ち、追った。

 映画の主人公は、長谷(はせ)忠(ただし)さん。取材した吉川(きっかわ)元基(げんき)監督(35)が初めて会ったのは、2021年のことだ。

 そのとき、吉川監督は長谷さんから「あんた結婚してるの?」「子どもいるの?」と聞かれた。女性と結婚し、息子が1人いると答えた。

30代の監督「人間性探られてる気がした」

 「何かしんどいやろ」「子どもがいるのも大変やろ」と続けて聞かれた。一緒にいたカメラマンと助手の男性も、同じように質問された。

 吉川監督は「私の人間性を探られている気がした」と振り返る。すべてをさらけ出したうえで、撮影を申し込んだのは、次に会ったときだった。

 長谷さんは「家族も恋人もいないから、どんな描かれ方をしても喜ぶ人も悲しむ人もいない」と言って、撮影を受け入れてくれた。密着取材が始まった。

 吉川監督は12年に毎日放送(MBS)に入社。大阪府警の担当記者として西成署や西成周辺を取材し、地域に出入りしてきた。

 長谷さんのことを耳にしたのは、炊き出しのボランティアをしている人から。「失礼で恥ずかしいけど、90代でゲイの人がいるなんて驚いた」と振り返る。

 「昔からいるはずなのに、いないことにされてきたのではないか」と感じ、存在を知らなかった自分のような視聴者に伝えたいと考えた。性的マイノリティーをテーマに取材をするのは、初めてだった。

「昔からいるはずなのに、いないことにされてきたのではないか」

 主人公の長谷さんは映画の中で、容姿がタイプの男性を新聞の広告や西成の街中で見つけ、眺める。思いは伝えない。それでも幸せそうに顔をほころばせる。やがて、「男前」と絶賛する男性と友だちになっていく――。

 吉川監督は「性的マイノリティーを取材していたつもりが、ひとりの人間の生き様を追いかけていた」と語る。そして「どんなに苦しくても長生きしていたら、光が見えることもある」と勇気をもらったという。

 映画が東京で封切られた翌日の今年4月21日、吉川監督は渋谷区で、多様な性を祝いながら権利を訴える「プライドパレード」を長谷さんと一緒に歩いた。過去最高の約1万5千人(主催者発表)が参加。街全体が祭りのようだった。公道で堂々と顔を見せて進む人、同性同士で手をつなぐ人たちもいた。

 「差別や偏見は今もあるけど、長谷さんが若かった時代とは違う。性的マイノリティーの未来は暗くない」と吉川監督。長谷さんは今年、95歳になった。吉川監督は引き続き密着し、その生活を伝えていきたいという。

 映画は、18日から大阪市淀川区十三本町1丁目の第七芸術劇場とシアターセブン、24日から京都市中京区アップリンク京都、6月8日から神戸市中央区の元町映画館で上映が始まる。

 映画に登場する人物の中で、吉川監督が「第二の主人公」と位置づけるのが、長谷さんを支えたケアマネジャーの梅田政宏さんだ。

 記事の後半では、記者が10年前に出会い、公私ともに支えられてきた「第二の主人公」の人物像を描きます。

 本作は2022年、まずテレビのドキュメンタリー番組として放送された。放送日は6月27日。その2日後、梅田さんは亡くなった。急性心不全で、56歳だった。

 吉川監督は、梅田さんと最後に会った日の別れ際、「もし吉川さんの子どもが同性愛者でも、責めないであげてくださいね。誰が敵になっても、親さえ認めてくれれば救われるんです」と言われた。梅田さんは「ゲイで生きていてよかった」とも話していたという。

 記者の私(40)は14年1…

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