第16回若者と高齢者が半々、異色アパート 長屋から着想「あったかい場所」

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 高齢者の一人暮らしが圧倒的に多い大阪市西成区釜ケ崎。このまちに若者と高齢者が半々の異色のアパートがある。

 簡易宿所を買い取って改装し、2020年4月に開所した7階建ての「ローレル」。

 サウナと大浴場があり、玄関の入り口は銭湯の窓口に似せている。玄関のげた箱で靴を脱いで入った館内は、アートな雰囲気が漂う。

 全70室で、キッチンやトイレは共用。入居者の半数は20~30代の若者で、ほかは生活保護費を受給する高齢者らだ。

 この造りを実現したのは実業家の梅原鎮宇(じぬ)さん(42)。祖父の代から釜ケ崎でパチンコ店を営み、8歳まで店の2階の長屋で身内12人で暮らしていた。ローレルはここでの経験がもとになっている。

 「若い世代は年配の人の荷物を持ち、逆に生活の知恵を教わる。こうした付き合いが自然にできる家族的な住環境を作りたかった」

 釜ケ崎に若い世代は定着しづらい、と感じていた梅原さん。若いクリエーターが集まる、もっとおもしろいまちにしたいと考えていた。

 「酔っ払いやけんかを見続けているうちに心がすさみ、何カ月かするといるのがしんどくなる。帰るのが楽しみになり、若い人がイケてるライフスタイルを追求できる拠点があればいいかなと思った」

 管理人は、梅原さんが会長を務める会社「日大」で働く金島小春さん(28)だ。

 2022年末までの2年半、ローレルの住人でもあった金島さんは「このまちの人は寂しさから関係ない人に絡んだり、構ってほしいのにアピールが下手だったりする。若い人と日々接する空間は貴重だし、それを望む人がここに来てくれる」

 「日大」は22年以降、釜ケ崎かいわいの魅力を伝える無料の小冊子「西成取扱説明書」を発行してきた。「西成初心者がまち歩きを楽しんでほしい」(梅原さん)という思いからだ。

「荷物を持って助けてくれる」

 住人の男性(63)は昨年4月に入居した。神戸・三宮の繁華街で長く、スナックなどを経営。母親を亡くした後、兵庫県明石市で一人で暮らしていたが、コミュニティー重視の環境が報じられていたのを見て、見学に来て入居を決めた。

 心臓にペースメーカーが入っており、糖尿病で通院を継続。アキレス腱(けん)を切った後遺症もある。

 「階段を上がるとき、若い人がすっと荷物を持って助けてくれる」。入居時には歓迎会を開いてもらった。

 女性に生まれ、今は性別にとらわれないジェンダーレスな生き方をしている美容師(28)も、男性の荷物を持ったことがある一人だ。あだ名は「たけやん」。最初は「家賃2万9800円~」というSNSを見てひかれた。

 何人もが昼から街中で酒を飲み、路上で寝ている人も見かける釜ケ崎のまちには驚いたが、同じ年の金島さんが住み込みで管理人をしていたので安心した。

 「クリエーターやおもろい住人が集まり、マイナーな人を差別する目線がないのが楽」とも感じた。

 「たけやん」はたまに、自由に出入りできる古着のフリーマーケットを1階の共用スペースで開き、フレンチトーストや黒ごまプリンなどの軽食も販売している。

 ときどき住民間のイベントも開かれるが、参加は自由。「ここは近いようで遠いようで絶妙な距離感。そこが良い」

ユーチューバー向け「出世払いプラン」も

 ローレルには、登録者1千人以上のユーチューバー向けの「出世払いプラン」もある。

 1カ月の動画の再生回数の2…

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    西岡研介
    (ノンフィクションライター)
    2024年4月20日13時26分 投稿
    【視点】

    「釜ケ崎」という町を定点観測し、時に、その歴史を遡るこの連載を読む度に、政府や企業のエライさん方が軽々しく口にする「多様性の尊重」という言葉の、真の意味を考えさせられる。

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    杉田菜穂
    (俳人・大阪公立大学教授=社会政策)
    2024年4月20日14時1分 投稿
    【視点】

    簡易宿泊所が密集していた地域として知られる釜ケ崎は、急激にではなくゆっくり変化してきた。釜ヶ崎があらゆる観光客や長期滞在者、移住者を受け入れて、そのあらゆる人が釜ヶ崎にあらゆる変化をもたらしてきたという感じだ。 西成特区構想は現在、第3期

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