戦国の世を生き延びた「真田」の足跡 九度山でゆかりの城の企画展

大野博
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 真田昌幸、幸村(信繁)親子らにゆかりのある城をテーマとする企画展が、和歌山県九度山町の「九度山・真田ミュージアム」で始まった。その活躍の舞台となった各地の城を紹介し、中世から近世にかけての日本の城郭の歴史をひもとく構成となっている。

 同町は親子の配流(はいる)先で、幸村はここで14年間暮らしたとされる。「真田一族ゆかりの城」と銘打つ企画展では、昌幸が築いた上田城(長野県上田市)、「大坂の陣」の舞台となった大阪城大阪市)をはじめとする城が紹介されている。

 目玉は、真田一族の領地だった信濃国(しなののくに)(長野県)から上野国(こうずけのくに)(群馬県)にかけて、城や館の位置を地図上に示し、29種類の「御城印(ごじょういん)」を並べた展示。御城印は、神社仏閣御朱印の城郭版ともいえるもので、近年の戦国武将ブームが追い風となり、訪れた記念に集める愛好家が増えているという。

真田氏ゆかりの29の御城印は、戦時の旗印に使われた「真田六文銭」や、家紋の「結び雁金(かりがね)」をあしらったものが多い。城の配置からは、主君だった武田氏の滅亡後、上杉氏や北条氏などの大勢力のはざまで巧みに戦国の世を生き延びた真田氏の足跡の一端がうかがえる。

 もう一つ目を引くのは、大坂冬の陣で幸村が大阪城の南側に築いた出城「真田丸」について解説したパネルだ。未完成の「大坂冬の陣屛風(びょうぶ)」は、徳川幕府の御用絵師だった狩野家に下絵と指定の色が伝わっていたとされる。それをもとに印刷会社TOPPANが作製したデジタル想定復元図をパネルで紹介している。

 九度山・真田ミュージアムの名誉館長で大阪城天守閣の前館長でもある北川央さんは「当時は従軍カメラマンならぬ従軍絵師がおり、屛風に描かれている内容にはそれなりに信憑性(しんぴょうせい)がある」と話す。真田丸は屛風にも描かれており、近年の発掘調査で場所も特定されているという。

 北川さんは「上田城で2度にわたり徳川軍を撃退したのが典型だが、小さな軍勢で籠城(ろうじょう)して敵の大軍を引きつける作戦を得意とした真田氏にとって、城郭の構築はとりわけ重要だった」と解説。真田丸の戦いの後、それまで指揮官としての実績がなかった幸村に対し、徳川幕府側から熱心な勧誘工作が始まったことも、それを逆説的に物語っているという。

企画展は第1期が7月15日まで、第2期は9月4日から来年3月23日まで。期間中に一部、展示の入れ替えがある。月・火曜休館(祝日は営業し、翌平日に休館)。企画展開催中の入場料は高校生以上500円、小中学生250円。(大野博)

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