第1回ホイポイカプセル? ベイマックス? 「風船車椅子」が街を走る日は

移動クライシス

田村建二
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 「ホイポイカプセルって実現できるの?」

 3月1日に亡くなった漫画家・鳥山明さんの代表作の一つ、ドラゴンボール。そのオフィシャルサイトに昨年9月、そんなタイトルの記事が掲載された。

 小さなカプセルを投げると、ボンッという音とともに爆発し、バイクや飛行機などが瞬時に現れるホイポイカプセル。記事では、「ホイポイカプセルのような未来の乗り物」として、東京大やメルカリが研究開発を進める電動車両について紹介していた。

 風船のように空気でふくらませて走る。名前は「poimo(ポイモ)」。使わないときは空気を抜き、持ち運べるようにする。

 そんなポイモのアイデアは、2018年5月に箱根で開かれた研究合宿で生まれた。

乗るときにだけ、空気入れて

 東京大学大学院工学系研究科の川原圭博(よしひろ)教授のグループと、メルカリの研究開発組織「メルカリR4D」のメンバー約50人が集まり、都市部の市街地などで今後あるべき移動手段について話し合った。

 メルカリは当時、子会社で自転車のシェアリングサービスを展開していて、社内では新しい移動車両を開発する案も浮上していた。

 東大研究員だった佐藤宏樹さん(39)=現・宮城大准教授=が「乗るときだけ空気でふくらませ、持ち運びしやすい車椅子」を提案した。

 デザインをキーワードに、人間とコンピューター、機械とのよい関係を探るのが佐藤さんの専門分野。佐藤さんは、街中で前に見た場面を思い出していた。お年寄りが使った車椅子を同行者がたたみ、苦労しながら車に積み込もうとする光景だった。

 合宿には、軟らかい構造のロボットを研究するメンバーも参加していた。

 「(ディズニー映画に登場するケアロボットの)ベイマックスみたいな、ふわっとした乗り物があったら面白いね。ぶつかっても安全かも」。そんな声が出た。

「楽しそう」で始めたが……

 R4D側のリーダーとして参加していた山村亮介さん(41)は「既存の車メーカーではできないアイデアだな」と思った。

 山村さんはかつてデンソーに勤め、ディーゼルエンジンの燃焼効率向上に向けた設計や開発に携わっていた。

 だが、エンジンの技術はすでに成熟に近づいていて、劇的な改善は難しい。

 まったく新しいことにチャレンジしたいと離職を決めたころ、メルカリがエンジニアを探していると聞き、R4Dに就職した。その直後に開かれた合宿だった。

 アイデアをもとに、佐藤さんらはバイク型やソファ型の試作品をつくり、論文で発表した。当初は「もしも、こんな乗り物があったら楽しいよね」という気持ちが大きかった。

 「社会実装」を受け持つ山村さんが、高齢者らの移動課題を強く意識するようになったのは2022年に入ってからだ。

 フランスでのイベントにソファ型を展示すると、高齢者や車椅子利用者から「早く実用化して」という声が相次いだ。国内のイベントでも同様の声が寄せられた。

 風船式なので自分にあった形にデザインを変えられること、軟らかいので乗っていてリラックスでき、もしぶつかっても人や物を傷つけにくいことなどが、期待の理由だった。

 「ポイモに乗ると、自分の意思で移動を楽しめる」。試乗した高齢者からは、そんな声も寄せられた。

すぐの実用化、日本の道では難しい

 電動車椅子と同等の最高時速6キロ、歩道などを走る。そんな想定で、ソファ型の実用化をめざす。ただ山村さんは、ポイモを街のどこででも乗れるようにするのは、まだしばらく難しいのではないかと考えている。

 日本の歩道は一般に狭く、安心して歩ける場所は限られる。ポイモは軟らかいとはいえ、バスケットボールくらいの硬さはある。人にぶつかれば、やはり衝撃は与えてしまう。

 「万一にでも、メルカリの提供するサービスで人にけがをさせてしまうようなことは避けたい」

 当面はイベントやテーマパークなどに出品し、存在を知ってもらうことを優先する。

歩行をサポートする「ワポチ」、ホンダが開発中

 茨城県常総市

 ホンダが2月から、人の歩行をサポートする「マイクロモビリティロボット・WaPOCHI(ワポチ)」を一般に体験してもらうイベントを始めている。

 上部に備えたカメラで周囲360度を認識。服や髪の色、身長などを手がかりに一緒に歩く特定のユーザーを記憶したうえで、荷物を載せてユーザーのあとをついてきたり、ユーザーの少し前に位置して、先導したりする。

 高齢者や子連れの人たちが荷物を気にせず、手ぶらで歩行を楽しめるようにするのが目的だ。「対話能力を高めて、『ワポチがいるから一緒に散歩に出かけよう』と思ってもらえるような存在に育てたい」と、開発チームリーダーの小室美紗さん(38)は言う。

 自動運転技術について研究したくて、画像処理装置(GPU)のメーカーから2017年にホンダに転職した。やがて、コロナ禍で人とモノの移動が一斉に止まった。

 人の移動をどう考えるべきか、研究チームで議論するなかで生まれたのが、人が歩くことをサポートする車両のアイデアだった。「開発に一から携わりたい」と、立ち上がったプロジェクトに飛び込んだ。

 実用化の目標は2030年。まずは大型商業施設などに設置し、訪れた人たちのあいだでシェアしてもらいたい、と小室さんは語る。将来的には個人に所有してもらいたいが、より小型、軽量にするなど、改良の余地はまだまだありそう、という。

 警察庁の統計によれば、2022年の交通事故死者のうち「歩行中」だった人の割合は36.0%。米国の17.4%、フランスの14.9%などを大きく上回る。

 また、日本で歩行中の事故で亡くなった人のうち、約7割が65歳以上。車を優先するあまり、高齢の歩行者たちが危険にさらされている現実がある。

 高齢者にも、ベビーカーや車椅子を利用する人にも障壁となる段差が可能な限り解消され、安心して歩けるスペースが十分に確保されている。ポイモやワポチがその実力を発揮し、人の移動を支えるには、街がそんな姿に近づくことが前提になりそうだ。

    ◇

 高齢化で自動車の運転をあきらめる人が増える一方で、身近な移動手段として欠かせない公共交通機関は、人口減少に伴う人手不足や赤字で縮小を続ける。深刻化する「移動クライシス(危機)」。対処をめざす新たな車両と取り組む人々を追い、その普及に向けて必要なことを考えたい。田村建二

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    杉田菜穂
    (俳人・大阪公立大学教授=社会政策)
    2024年4月17日1時21分 投稿
    【視点】

    多くの地域が“外出をあきらめる人”が増えないようにどうすればよいかという観点で工夫を重ねている状況に限界を感じているなかで、移動の困りごとを抱えている移動弱者が数多くいる状況にあるなかで、研究開発によって“誰でも、いつでも外出できる地域社会

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