わきあがる黒い感情 ムカつく理由の「根っこ」、思春期の自分の中に
みなさんは身近にどうしてもムカついてしまう人がいませんか? スルーできず、どういうわけか心がざわついて、黒い感情がわいてしまうような人です。
一時期のつきあいで済むのならよいのですが、同じ職場、ご近所、親戚など一定の距離にいる人の場合、本当につらいですよね。
今回はそのつらさを少しでも軽減できる方法をご紹介します。
要領のいい後輩に、モヤモヤ
いつも登場してもらうADHDの主婦リョウさん(仮名、40代女性)にも、どうしても苦手な人がいます。同じ職場のものすごく要領のいい後輩です。
リョウさんは今、パンを中学校や高校の売店に配送する仕事をしています。
パンを運ぶだけでなく、それぞれの学校の売れ行きに応じて発注する業務も行っています。学校によって、「部活の大きな大会の前は生徒がたくさん食べるようになるので、多めに発注」とか「テスト期間中は少なめに」「梅雨時にはこういうパンが売れる」などの傾向があります。リョウさんは、1年間かけて地道にメモしたり、学校関係者に話を聞いたりしてその傾向を把握してきました。
1年遅れで入ってきた後輩Aさんは、リョウさんの担当エリアをいくつか引き継ぐことになりました。そして、あっけらかんとした様子でこう尋ねたのです。
後輩Aさん「どんなふうに発注したらいいかわからないんで、教えてもらえます?」
リョウさんは喜んでこれまでのノウハウの詰まったノートを見せながら教えました。後輩は喜んで仕事を覚えていきました。学校ごとの特色をリョウさんに教えてもらえたので、売り上げもすぐに上がりました。
後輩はまだ若く自由時間も多いため、リョウさんよりも長く働けましたし、体力もあるため、担当エリアをどんどん広げていきました。その反面、リョウさんは担当が減っていきました。当然収入も減りました。
リョウ「私、親切でいろいろ教えてあげたのに……仕事が減っていく」
なんとも報われないものです。
モヤモヤした気持ちで帰宅して夫に愚痴を言いました。すると夫は「仕事を減らされるリョウにも問題があるんじゃないか?」といった質問ばかりしてくるのです。
リョウさんはますますモヤモヤして悲しくなりました。「どうせ私は、誰からも見向きもされないんだ」
翌日職場で後輩が沖縄旅行に行ったおみやげのちんすこうをくれました。リョウさんは受け取ったものの、家に帰ってゴミ箱に捨てました。
大好物のちんすこうなのです。でもいじわるな気持ちがわいてきて、どうしようもないのです。
激しい感情がわく「背景」をひもとく
みなさんならこんなときどうしますか?
後輩を「恩知らずめ」といびりますか?
でもそんなことをしても、今度は自分のことが嫌いになりそうです。後輩からパワハラだと訴えられるかもしれません。
このコラムではリョウさんに「それでもめげずに前向きに働こう」なんて安易な励ましはしません。どうにかリョウさんの心に渦巻く「黒い気持ち」をおさめたいと思うのです。このおさめ方についてご紹介します。
みなさんはリョウさんと同じ立場なら、このぐらい黒い気持ちがわきますか? スルーできますか? 上司に文句を言って仕事を奪い返して、すっきりという人もいるでしょう。
しかし、リョウさんのように、「その出来事にそぐわないほど激しい感情がわく」背景には、ちゃんと理由があります。リョウさんがムカついているのは、後輩Aさんそのもの“だけではない”可能性があるのです。
私たち心理職はこんな時、リョウさんが思春期ぐらいまでの時期に、感情の根っこがあるかもしれない、と考えます。
リョウさんが今持っているようなムカついてスルーできない出来事は何かあったのでしょうか? あったとすると、今回の後輩事件が引き金で、当時の気持ちが触発されて、事件そのもの以上に感情がうごめいてしまうのです。
リョウさんは、はっとしました。妹です。妹とのことがきっとリョウさんの感情の根っこにありそうなのです。
リョウさんの育った家庭は、両親とリョウさんと妹の4人暮らしでした。
リョウさんが子どもの頃、両親は不仲で、しょっちゅう言い争いをしていました。リョウさんはふたりの仲裁をするために、子ども部屋で妹と2人で寝ていても、リビングから夫婦の会話が聞こえてくると「けんかしてないだろうか」と聞き耳を立てていました。けんかになりそうな気配を感じたら、それとなくリビングに行き、「のどがかわいた」などと言いながら夫婦の間に入りました。それに比べて妹はマイペースに寝息を立て、起きている時にも我関せずでゲームに夢中でした。とにかく自由な妹でした。
また、リョウさんは大学生の頃、自分でアルバイトをしてパソコンを買いましたが、妹は両親に買ってもらっていました。習い事でも、リョウさんはどうしてもやめたいといった習字をなかなかやめさせてもらえませんでしたし、習いたかったダンスはお金がかかりそうで遠慮して親に言えませんでした。でも、妹は気ままにいろんな習い事を始めてはやめて、それでも叱られませんでした。
リョウ「私がどれだけあの親たちのために尽くしてきたか、両親は何もわかっていない。なんにもしていない妹がかわいがられるのは違うだろう」
リョウさんは親も妹にも嫌な気持ちがわいてしまうので、実家に帰るのが嫌いなのです。
こうした生い立ちから、リョウさんは「私はがんばっているわりに報われない」「愛されない」と思うようになりました。
「どうせ私は○○だ」というスキーマに気づく
この、幼い頃の出来事を通して学んだ教訓のようなもので、「私は~だ」という形で表されるものをスキーマとよびます。
スキーマは一度形成されると、基本的にはずっとそれを通して世界をみるようになります。ですから妹とのことではなく、今回のように仕事の後輩とのことも「ああ、また私はがんばったのに報われないんだ」「どうせ愛されないんだ」と即座に受け取ってしまいがちなのです。なので、目の前には後輩がいるにもかかわらず、意識はしていないけれど、両親から愛されない感情までわき上がってしまうのです。
これは本当に辛いでしょう。
スキーマを刺激された時に、まずして欲しいのは「目の前の事実もなかなかに悲惨だが、スキーマが刺激されたから、出来事以上につらいんだ」と気づくことです。
そうすると「もしかしたら、目の前の事実そのものは、私が今受け止めているよりは、多少マシなことなのかもしれない」と冷静になりやすいのです。
短く言えば、「事実とスキーマを区別する」というかんじでしょうか。
それでもきっと黒い気持ちはなかなかおさまりません。自分でどう対処するかについては次回に続きます。
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<中島美鈴(なかしま・みすず)>
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。(臨床心理士・中島美鈴)
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