第4回甲子園のマウンド、声援は聞こえない 難聴の右腕はミットを鳴らした

有料記事ソヌスの世界

渡辺杏果
【動画】聞こえないけど感じた音とは? 甲子園で球児に届いたもの=渡辺杏果撮影
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 生まれつき耳が聞こえない球児が、夏の甲子園で先発のマウンドに立った。

 2022年8月9日。第104回全国高校野球選手権大会1回戦、県岐阜商(岐阜)は社(やしろ)(兵庫)との第4試合に臨んだ。

 大会直前、コロナ禍が県岐阜商を直撃した。

 エース、打率5割超の中軸打者、岐阜大会決勝でサヨナラ弾を放った正捕手ら主力選手が次々と離脱した。2番手投手も療養に入った。

 鍛治舎巧監督が先発に指名したのは「3枚看板」のうち、残った2年生右腕の山口恵悟投手だ。

 空に薄い雲がかかっていた。照りつける夏の日差しは厳しい。

 山口投手はマウンドに向かうと、深緑色に気を取られた。「バックスクリーンが大きい」

 大声援は聞こえない。でも、何か、大きな音が響いている。

 山口投手は2歳半のとき、重度の難聴と診断された。「飛行機の音も聞こえていない」。そう医師から言われた。補聴器をつけても完全には聞き取れない。取材では記者の口の動きを読みながら話してくれた。

川のせせらぎ、都会の騒音――。私たちは「音」に囲まれて暮らしています。ラテン語では「ソヌス」。意外な発見があるかもしれない音の世界、ソヌスの世界を案内する連載です。

「甲子園に出たい、だから…」 母は背中を押した

 小学2年のとき、兄の影響で地元の岐阜県可児市の少年野球チームに入団した。母の綾子さん(43)は不安だった当時を振り返る。「野球は健常者の中でやるスポーツ。人間関係は大丈夫かな」

 在籍中のチームの最高成績は県2位だ。山口投手は選抜チームに選ばれるなど、実力を付けていた。

 中学までは岐阜市のろう学校で学んだ。野球部はなかったが、硬式野球のクラブチームに誘われた。

 山口投手は小学生のころから…

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