ロシア非難で団結できなかった世界 民主主義の本来の強み立て直せ

ウクライナ情勢

聞き手・吉岡桂子
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 ロシアのウクライナ侵攻を契機に、途上国新興国を中心とした「グローバルサウス」の動向が注目されている。民主主義と権威主義両陣営の双方に距離を置く国が多い現実に、日本を含む民主主義の国々はどう向き合えばよいのか。国際政治と価値観外交のあり方に詳しい米スタンフォード大学の筒井清輝教授に聞いた。

 ――ロシアのウクライナ侵攻から1年あまりが過ぎました。国際社会の反応をどう見ますか。

 「ロシアのウクライナ侵攻は、不可侵だと思われた国境線を踏みにじり、虐殺まで引き起こしました。米国では支援に後ろ向きな声は一部にとどまり、今のところ、ウクライナへの支援で団結しています。欧州を含めて先進国は揺らいでいないと思います」

 「ただ、『グローバルサウス』と呼ばれるアジア・アフリカなど新興・途上国の中には、ロシアに対する非難や制裁に距離をおく国も少なくない。米国人の多くは、国際社会はもっと一致団結して動くはずだと期待していました」

 ――バイデン政権は2021年12月、「民主主義サミット」を立ち上げました。ロシアのウクライナ侵攻から1年が過ぎて開かれた今春の第2回サミットで、共同宣言に署名したのは招待した120カ国・地域の6割でした。新興・途上国は必ずしも積極的ではありません。

 「ウクライナ問題をめぐって割れる対応を、民主主義と権威主義の対決として規定するのは適当ではありません。『敵』を明確にする効果を狙った戦略としては有効かもしれませんが、その中間的な国家が濃淡さまざまに存在するからです」

 「民主主義や人権規範をより広げるには、新興・途上国の政治体制や歴史的背景をより理解することが必要です。各国が受容できるやり方で働きかける努力を通じてこそ、連帯は生まれます」

 ――新興・途上国からは、米国が自国との関係に応じて、人権や民主主義を使い分けているとの批判もあります。

 「米国が民主主義や人権の規範について独善的なダブルスタンダード(二重基準)の問題を抱えていたり、国連が拒否権を持つ安全保障理事会常任理事国に振り回されたりすることも、今に始まったことではありません」

 「また、権威主義勢力の台頭は世界中でみられます。ロシア、中国など国家ベースに限りません。米国も内側に抱えています。民主主義では何も決められない、自分たちの声は届かないと怒る人たちがいる。そこに扇動的なポピュリストが出てきて排外主義をあおる――。トランプ現象はまさに権威主義勢力によるものです」

 ――国際社会への影響力を増す中国は共産党一党独裁のうえ、習近平(シーチンピン)国家主席への権力の集中が強まっています。

 「中国をみると、昔の権威主義ではありません。北朝鮮や軍部がクーデターで政権を握ったミャンマーとは違います。独裁者といえども暴力だけでは治めきれず、民の声を拾いあげ、生活を改善しようとする形で進化させている。本来なら民主主義が持つ優位性を自らのシステムに巧妙に取り込み、統治の正当化の手段に使おうとしています」

 「それは国内の多くの人に対して一定の成功を収めてきたと言えるかもしれませんが、少数民族や反体制派などへの弾圧の問題は深刻です」

 ――民主主義の国々はどうすれば?

 「ロシアのウクライナ侵攻は権威主義体制が抱える問題の本質をあぶり出しました。権力を少数者に過度に集中させて異論を封じ込め、法の支配や権力の相互監視が働かない体制のもとで何が起きるか。意思決定過程が不透明で、自国民に対する説明責任も問われない。そんな指導者の振るまいが国内外にどれほどの恐怖と不安をもたらすかが明白になりました。同じ権威主義体制の中国への懸念も強まっています」

 「これを機会に、先進国は国民の一体性を取り戻すために自らの内側に抱える権威主義勢力と闘い、権威主義国が『学んだ』自らの体制が本来持っている強みを立て直すべく、動くときです」(聞き手・吉岡桂子)

      ◇

つつい・きよてる

 1971年生まれ。ミシガン大学教授を経て2020年からスタンフォード大学教授。近著に「人権と国家―理念の力と国際政治の現実」。

      ◇

 〈おことわり〉 当初配信していた記事では、記者の質問のなかで「民主主義サミット」の発足時期を「ウクライナ侵攻直後の昨年」としていましたが、侵攻前の2021年12月の誤りでした。コメントプラスで市原麻衣子・一橋大学大学院教授から指摘を受け、該当箇所を訂正しました。確認が不十分でした。

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  • commentatorHeader
    市原麻衣子
    (一橋大学大学院法学研究科教授)
    2023年4月5日21時26分 投稿
    【解説】

    本記事の中で、「バイデン政権はウクライナ侵攻直後の昨年、「民主主義サミット」を立ち上げました。」と書かれていますが、第1回民主主義サミットの開催は2021年12月であり、ロシアのウクライナ侵攻前です。民主主義サミットは2020年の大統領選で

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  • commentatorHeader
    鈴木一人
    (東京大学大学院教授・地経学研究所長)
    2023年4月6日3時25分 投稿
    【解説】

    筒井さんの視点の鋭さは、中国の権威主義は単なる抑圧によって維持されているのではなく、民の声を拾い上げ、生活改善をしているところに求めている。まさに現代の権威主義はグローバル化の「影」の部分に当たる分配の不平等や生活の苦しさに対して手をさしの

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