女性を肯定し続けた「ユーミンの罪」 酒井順子さんが聴き解いた神様

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 松任谷由実さんの楽曲や歌詞を、日本社会や女性をとりまく様々な変化と結びつけて分析した「ユーミンの罪」(講談社現代新書)が2013年、出版されました。作者の酒井順子さん(56)が著書の中で「ユーミンの歌とは女の業の肯定である」と書いたのは、いったいなぜでしょうか。

 Spotifyと朝日新聞ポッドキャストは、ユーミンの足跡と日本社会の変化を振り返る「ユーミン: ArtistCHRONICLE」を制作。6回目は、エッセイストの酒井順子さんをお招きして、朝日新聞ポッドキャスト・チーフMC神田大介(47)と、朝日新聞文化部記者の定塚遼(32)が語り合いました。一部を編集してお届けします。

神田:酒井順子さんは1966年生まれで東京都出身。出世作に「負け犬の遠吠え」があります。その後も著書多数で、その一冊が「ユーミンの罪」です。

酒井:ユーミンのデビューからバブル崩壊までのアルバムを自分なりに読み解き、聴き解いて書いた本です。元々、ユーミンが好きで、自分はどう聴いてきただろうと書いていくうち、ユーミンは女性の煩悩みたいなものを「それでいいんだよ」と言い続けてくれた人じゃなかろうかと感じました。それは女性にとって功罪両面があったのではなかろうかということで、「ユーミンの罪」というタイトルにしたんです。

神田:1970年代から1990年代までユーミンのアルバムが次々と出てきます。その間に女性や日本社会がどんどん変わっていますよね。

酒井:ユーミンは自立した女性の象徴でありながら、男性が運転して女性が助手席にいる歌や、スポーツする男性を女性が眺める歌が多いですね。当時の女性はまだ、助手席に座っていたかった。

神田:「助手席感」は一つ目の大きいキーワードでしょうね。

定塚:女性が自立していくなか、過渡期的な実際の時代を反映した感じがありますね。

酒井:自分で運転した方が好きな時に好きな所に行ける。でも当時は自分の彼が車で迎えに来てくれて、助手席に乗っけてくれて、苗場や湘南に連れて行ってくれることが、女性にとっての価値になったんですよね。

母校のみんながあこがれるスター

神田:ちなみに、酒井さんはユーミンの楽曲とどう出会いましたか。

酒井:私、ユーミンの中高の後輩で、ユーミンはみんながあこがれるスターだったんですよ。友人がお姉さんから当時でいうLPを借りて、カセットテープに落として聴いていて。それで私も貸してもらって聴いたのが、初めてだと思います。

神田:最初に聴いた曲が何か、覚えていらっしゃいますか。

酒井:「SURF&SNOW」が、印象に残るアルバムとしては最初のものでした。1980年リリースで当時15歳ですね。サーフィンやスキーといったレジャーにスポットライトを当てたアルバムでしたが、大人のおしゃれな遊び方がすごく素敵に見えましたね。

神田:じゃあ素朴にあこがれたんですか。

酒井:はい。毎年出るアルバムのテーマがどんなものかとみんな楽しみにしていて、「ああ今年はこれなんだ!」と神からご託宣が降りてきたみたいな感じでありがたく拝聴していました。

神田:ユーミンのアルバムをみんな待っていて、曲が街に流れる頃にクリスマスがくるという世間の雰囲気のど真ん中を、思春期から大人になる頃に経験している。そうすると我々が聴くのとは別の感覚なんですかね。

酒井:生活と密着していたとは思います。街中やスキー場でユーミンの曲が流れるとか、男性の車にユーミンのアルバムのテープが積んであるとか。生活しているだけで歌が自然に全部、自分の中に入ってきていたと思いますね。

デート中でも「間違いがない」

定塚:当時も色々な歌手の方がいましたが、ユーミンさんはどういう印象でしたか。

酒井:一言で言うと、洗練されていたというところが大きかったと思います。当時からジャニーズアイドルや女性アイドルといった歌謡曲の歌手の人はたくさんいましたが、デートの時に車の中で聴く曲じゃない。日本の歌だったら絶対、間違いがないのがユーミンでしたね。

神田:「間違い」とは、雰囲気を壊すとか、そういうことですか。

酒井:夜景のきれいな海辺の町に行った時に、少年隊の「仮面舞踏会」がかかるのと、ユーミンの歌がかかるのとでは、ムードの盛り上がりが違いますよね。少年隊の「仮面舞踏会」も私は大好きですけど、その状況には合わない。日本の歌だとかなりミュージシャンは限られたと思うんですよね。

神田:他にも「外は革新、中は保守」というキーワードがあります。ユーミンは天才なのに、歌詞は普通の人のことを歌う。革新的でありながら自分の中に「普通の人」を潜ませている。そういうご指摘ですよね。

酒井:ユーミン自身が早く結婚して名字を変えている。伝統的な結婚制度にのっとり、素直に名字を変えて、夫婦で仕事をやっていく。歌は新鮮だけれど体制には反発していないという、その辺からもユーミンの保守性みたいなものを感じられますよね。

 歌の中に出てくる女性も、助手席に素直に座る人はある程度、保守性の高い人だと思うんですよ。「私は自立していくわ」と反発する女性も、バブル崩壊直前の歌には出てくるんですけど、80年代中頃までの歌にはあまり出てこない。そういうところも、心の中は保守だなと思わせるところですね。

神田:1979年のアルバム「悲しいほどお天気」に「DESTINY」という曲がありますね。歌詞は「冷たくされて いつかは みかえすつもりだった それからどこへ行くにも 着かざってたのに どうしてなの 今日にかぎって 安いサンダルをはいてた」。そういう心情を歌うんですね。

酒井:「安いサンダル」はすべての女性の心に刺さる歌詞でした。会いたい人に会う時に限って何かやらかしているという、一般的な心情をすくい上げた歌で、今なら「あるあるソング」かもしれません。

ねとねとを消す「除湿機能」

神田:しかし売れっ子だったユーミンが、よくそういう心情をすくい取れますよね。

酒井:大きな物語とともに、小さな現実をも提示するからこそ、ユーミンの歌は刺さります。醜い感覚や感情も、ユーミンはよくピックアップしていますね。「真珠のピアス」もそう。別れるであろう彼のベッドの下に、自分の真珠のピアスを1個置いてくる。さらに、彼にはもう新しいガールフレンドがいると、彼女は察知している。

定塚:いやあ、怨念がすごいですよね。

酒井:別の歌手が歌ったら怨念…

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    常見陽平
    (千葉商科大学准教授・働き方評論家)
    2022年12月15日7時56分 投稿
    【視点】

    ■「助手席感」はZ世代に受け入れられるか?  これは良インタビュー。酒井順子さんは「負け犬」という言葉を世に出した人と言われるが、優れた書籍を多数世にだしている。ここで取り上げられた『ユーミンの罪』(講談社現代新書)も、私のお気に入りの一

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