女子高生という価値の喪失後に 夜のオネエサンの受験論

聞き手・佐々木洋輔

(初出・2015年1月17日朝日新聞デジタル。内容は掲載時点のものです)

元日経新聞記者・元AV女優・文筆家 鈴木涼美さん

 受験生のみなさん、センター試験1日目お疲れ様でした。もう10年以上も前ですが、私もセンター試験を受験しました。試験の朝、久しぶりに会った高校の親友マドカ(仮名)に「その服、ださっ」と言われたこと覚えています。半年間、なりふり構わず勉強していたから。2人とも慶応大学を目指していて、試験会場はたまたま慶大三田キャンパスでした。私は受かって、マドカは落ちました。

 高校時代はいわるゆるギャルでした。放課後は渋谷でギャル仲間とクラブやカラオケ店に入り浸り、ハンバーガー店やギャル専門のショッピングビル「109」にたむろす。茶髪に白メッシュ、制服はミニスカート、胸のボタンをひとつ多めに開けたワイシャツ、スーパールーズソックスが基本形。今の「JKビジネス」に象徴されるように、当時も女子高校生というだけで価値があった時代でした。マスコミにもよく取り上げられて、女子高生すなわち「世相の発信者」という万能感に包まれていました。

「女子高生」後に焦燥感

 中学時代はもさかったんですが、雑誌「メンズエッグ」に出ているようなチャラ男と付き合いたくて高校デビュー。1、2年生の時は遊んでばかりでした。成績は学年300人のなかで「中の中」くらいでした。

 高3になって卒業後を考えました。もうすぐこの日常は終わってしまう。女子高校生という価値が失われた自分に何が残るのか。

 女はしたたかです。刹那(せつな)的な楽しみを重視するギャルであっても、卒業後は勝っていたい。109のショップ店員になりたいと思いましたが、立ち仕事に耐えられる自信がない。イベントサークルのリーダーなどといったギャルとしてのフロントランナーを全うできるほどの自信もない。必然的に女子大生という新たな価値に向かいました。全然勉強してなかったのに、難関大学にさらっと合格しちゃう。勝ちですよね。高3の夏、仲間には「鈴木は死んだ」ことにし、私の受験勉強は幕を開けました。

孤独に愚直に丸暗記

 落ちこぼれが東大を目指す漫画「ドラゴン桜」のような特殊な学習法をしたわけではありません。愚直に教科書を丸暗記し、愚直に問題集を解きました。

 孤独でした。予備校は1、2年から通っている子たちのコミュニティーができあがってて。彼女らを横目で見ながら「君たちが勉強していた2年間、私はクラブでナンパされたり、パラパラを60曲踊れるようになったりした。その代わり、君たちがきゃぴきゃぴしているこの昼休み、私は独り勉強をします」とパンを持って自習室に向かいました。茶髪がどんどんプリン頭になっていったけど、黒髪が伸びた分、成績も伸びました。

女子大生で夜のオネエサンに

 何校か受験しましたが、第一志望の慶応大学に合格しました。受験が終わった2月下旬、マドカから電話がありました。たわいのない男友達の話をしていたとき「ところで私、慶応落ちたよ」と。マドカは私が連絡しづらいことを察していたんだと思います。マドカは結局、早稲田大学に進学して、今はカンボジアで国連関係の仕事をしています。

 女って付き合う男によって人生にドライブがかかるところがありますが、マドカはギャル時代、彼氏は外国人ばっかりでした。いま、国際的な仕事をしていることもうなずけます。

 それで受かった私の方は、女子高生から女子大生へのパラダイムチェンジ(価値の転換)を遂げた後どうなったか。結局、あの万能感が忘れられなかったというか、今度は夜の世界に吸い寄せられたというか。付き合っていたホストに人生をドライブされて、気がつけばキャバ嬢になってホストクラブに通って、スカウトされてAVに出ていました。

就職後は昼のオネエサンに

 誰しもが両義性を抱えながら生きてると思いますが、私は女子高生や女子大生といった価値に、アイデンティティーを依拠していた一方、「この子はこういう子だ」といった枠に押し込まれることが嫌でした。女子高生であり渋谷に所属するギャルであり勤勉な受験生だった。その後は、エリート女子大生でありキャバ嬢でありAV女優だった。

 モラトリアム期間が欲しくて慶大から東大大学院に進み、AV業界で見聞したことを修士論文にまとめました。女性に対する性的消費行為が日常に浸透してることをルポしたその論文は『「AV女優」の社会学』として出版されます。私は文筆家としての顔も手に入れました。

 でも大学院卒業後に、またもや付き合っていたテレビ局のチャラリーマンにドライブされて日経新聞記者として昼のお姉さんに転じました。記者として東京都庁担当をしたり、編集者として紙面を製作したりしましたが、30歳という女子としての価値の暴落を目の当たりにし、文筆業に専念しようと勤続5年半で辞めました。昨秋、これまでの経歴が週刊誌に暴露されて、瞬間風速的にメディアに再浮上し、こうしてインタビューを受けている次第です。

 一つの枠にはめられるのが嫌で、夜と昼の世界を行ったり来たりしてきましたが、今、文筆業をなりわいにしているバックグラウンドは大学・大学院時代に指導教官や研究環境に恵まれたからです。大学合格後はヨレヨレでしたが受験勉強を始めた日から文筆家へと続いた、その道からは外れなかった。外国人に囲まれていたマドカは第一志望には受からなかったけど、国際派の道からは外れなかった。みなさんもそういった道を見つけてください。

     ◇

 すずき・すずみ 東京都生まれ。明治学院高校から慶応大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。主な著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』。日経新聞退社後、ネットブログをまとめた「身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論」を出版した。31歳。(聞き手・佐々木洋輔)…

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