「友情、いらねえや」と逃げた高校の頃 ヒャダインさん

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(初出・2015年1月12日朝日新聞デジタル。内容は掲載時点のものです)

 勉強、たのしかったー。好きな教科は英語と現国。数学も好きでした。たとえば英語。単語を覚えればいいというものじゃなくて、すごくクリエーティブな作業なんです。

 「バシャバシャと音を立てて泳いだ」を英訳する場合。難しそうだけど、簡単に答えるなら「swim strongly」でもいいわけです。まあこれだとバツになるかもしれませんが、知らない言葉を置き換えて自分なりの解釈をひねり出す作業が楽しかった。古文漢文も似ていて、知っているピースを組み合わせて推測するのがおもしろいんです。

 世界史や日本史も、ただの知識覚え合戦じゃなくて、なぜこれが起きてこうなったのか、原因と結果を頭に入れないと覚えられない。だから、語呂合わせも単語カードも使ったことはないですね。

友達ランクAとB

 当時、大阪の私立では一番といわれた中高一貫校・大阪星光学院に通っていて、成績もいい方でした。一方で、友達づきあいは苦手でした。

 スクールカーストは中の下。集団行動が嫌い、運動はめちゃくちゃ苦手。吹奏楽部に入っていたので、放課後はずっと防音室でグランドピアノを弾いていました。

 高1のころ、突然、友達だと思っていた人に「お前は友達ランクBだから」と言われたんです。中学からの友達で、僕はそれこそAランクだと思ってた。聞いたら、「あいつとあいつはAランク」って、納得できるランキングだったんですけど。

 その時、やっぱり傷ついたのかな。これが友情だと思っていたら、彼にとってはもっと高いものがあったと聞いて、すごくがっかりして「だったらいらねえや」と思いました。悩みを聞いて涙したり、一緒に何かと戦ったりしなきゃいけないんだと思った時、すーっと冷めて、引くわーとも思った。

 元々、人と壁を作りたがる、逃げようとするところがある。その時も、ばっさりいかれたので、逆に逃げることを正当化された気がした。得意の「逃げる」コマンドを押せるぞ、友情を信じなくてもいいエクスキューズをゲットだ、と思ったのを、覚えています。

「やばい、人生詰んだ」

 家の近くで一番難しいところ、ということで、ずっと京大を目標にしていました。無事、現役で受かったのですが、ベタな表現で言えば、燃え尽き症候群になってしまった。

 僕の経験談から受験生のみなさんに言えることなんて本当に少ないけど、大学入学をゴールに設定しない方がいいってことだけは言えます。何をしたいから入りたいんだ、というモチベーションが大事。

 僕はそれがなかったから、すぐに大学が退屈になり、レンタルビデオ店でのバイトの方がおもしろくなって没頭しました。

 当時、モンゴル800さんが出したインディーズアルバムを、絶対売れると思って店長に黙って200枚仕入れたんです。おそらく店長も最終的には確認していたと思いますが、いま、一つの店舗でこれだけ売れたらオリコンに入りますよ。結果、めちゃめちゃ売れました。自分でポップ展開してレンタルの稼働率が上がることもあったし、これでお金もらうって申し訳ないなと思うくらい、働くことが本当におもしろかった。やりたいことっていうのが、大学にあるかどうかなんて、わからないと思うんです。

 3年生の夏休みごろ。周りの様子がおかしいぞと思ったら、「みんな就活始めてる」と。冷静に考えれば、そんな時期に始めているのは「意識高い系」の学生なんですが、友達は一人しかいなかったし、僕は視野が狭くて思い込みが激しい。「やべえ出遅れた。人生詰んだ」。順調に来ていたエスカレーター人生から転げ落ちたと思い込みました。

 「あーもう卒業してもフリーターだし、学生にしかできないことやっとこう」と短絡的に考え、これもまた超ステレオタイプですが、長期海外旅行だ、と。とりあえずニューヨークに行こう、となりました。

9.11テロで足止め

 ブロードウェーでミュージカルをたくさん見て、帰国前日、9.11テロが起きました。空港が封鎖され、1週間動けなかった。情報がまったくなくて、待つくらいしかできることがなくて、ブルックリンブリッジのたもとにいた時、ふと「自分のやりたいことやって名を上げたいなー」という思いが浮かんできました。

 「やっぱ音楽だよな。シンガー・ソングライター? 歌うまくないしな。じゃあ作曲家か」。音楽に携わるなら、レコード会社とか他にも色々あったんでしょうけど、そこはお得意の視野の狭さを発揮。帰国後すぐ、週に1度の作曲の講座に行き始めました。

 そこで作曲の先生に、「あなたおもしろいから、東京に行った方がいいよ」と言われ、「はいわかりました」と即決でした。

元ヤンのバイト仲間に言われた言葉

 東京に出てきてからは、生活するためバイトの日々です。最初に働いた沖縄料理屋やちゃんこ屋には、中卒の人もいれば、大学なんて考えもしなかったって人も多い。自分の学歴なんて、何の意味もない場所でした。

 一度、元ヤンの女性のバイト仲間に「上からものをしゃべるよねー」って言われました。その時、「ああ、そういう風に見えるんだ」とすごく納得したんです。

 高校の友達ランクB事件の時、楽な方にある意味逃げた。これは、相手が距離を置くんじゃなくて、自分が上にいることで優位性を保って距離を置こうとしてたんだと気づきました。こんなんじゃ、いい音楽なんて作れないよなと思いました。

 作曲家としては鳴かず飛ばず。「おれ天才」と思っていたのが、べしゃっとつぶされて、何もない人間なんだと思い知らされた。作曲の先生に「あなたの音楽は、デパートのBGMのような音楽ね。きれいだけど下品さがなくて、耳に残らない」と言われたことを思い出し、「つながったな」と思いました。

 それから、作曲へのスタンスが変わった。バイトは、時間と体力的なこともあり、家庭教師に移って小学生を教えました。ドラクエ鉛筆がはやっていると聞くと、買ってきて一緒に遊んだ。なるべく同じ目線に立ち、どれだけわかりやすいかということに気を配りました。

 その後、何とか音楽で食べていけるようになりましたが、自分のプライドややりたいことは二の次だと思っています。原作や脚本、設定資料を読み込んで、そこに寄り添う。何だったら聞いてくれる人が一番楽しんでくれるか。そんなアプローチをしたい。

 自分で作った殻に乗っかってた少年時代と向き合って、自分を再定義したことが今につながったんだとは思います。もちろん、あのうっくつした体験が曲作りに出てもいるので、そういう意味でもつながっているんだと思いますけどね。(聞き手・小林恵士)

     ◇

ひゃだいん 本名は前山田健一。大阪市出身。音楽クリエーター。「ももいろクローバー」のメジャーデビュー曲「行くぜっ!怪盗少女」の楽曲を手がけ、注目される。匿名の「ヒャダイン」として2007年、ニコニコ動画に出現。往年のゲーム音楽をアレンジし、すさまじい再生回数を記録。その後、正体を明かした。SMAPやゆず、AKB48など、多くのミュージシャンに楽曲を提供している。34歳。

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