第1回「労働時間減らせば、島民の命が…」 島で唯一の循環器医は葛藤する

有料記事1860時間 医師の働き方改革

枝松佑樹

 3月21日、手術室は重苦しい空気に包まれた。

 脈打つ心臓の映像を見つめていた田代篤史医師(42)は、カテーテル(細い管)を繰っていた指先を止めた。

 「こりゃあ大変だ……」

 患者は、胸の痛みを訴える70代女性。心臓を動かす右冠動脈の直径3・5ミリの入り口が、動脈硬化によって血管の壁が厚くなり、95%以上塞がっていた。

 狭くなった血管をバルーンで膨らませるため、髪の毛ほどの細さのワイヤを進入させようとしたが、入り口で30分以上阻まれていた。

 でも、簡単にあきらめるわけにはいかなかった。

 田代医師は、鹿児島市から南西に約450キロ離れた徳之島で、唯一のカテーテル手術ができる循環器内科医だ。ここでやめれば、患者は島外で外科手術を受けることになり、治療が遅れる。

 長年の経験から、形が違うカテーテルに替えると、ワイヤはするすると血管内に入っていった。

 「おお!」「やった!」

 周りのスタッフから歓声が上がった。バルーンで血管を広げると、血液が勢いよく流れ込むのが確認できた。

4月から「医師の働き方改革」が始まりました。ただ、過労死ラインの倍近い、年1860時間もの時間外労働を認める特例が残りました。地域医療を維持するため、健康や生活が脅かされている医師の苦悩を伝えます。

10年ぶりに来た常勤医 残業は月120時間

 佐賀県出身。海好きが高じて2014年、約2万人が暮らす徳之島の徳洲会病院(199床)に赴任した。島に常勤の循環器内科医が来るのは10年ぶりだった。

 年間に約250件のカテーテルを使った検査や手術を実施し、うち心筋梗塞(こうそく)などの緊急手術は30~40件。1人で24時間対応し、赴任前に年10件あった島外搬送はほとんどなくなった。

 それでも、ゼロではない。

 年に数回は学会や冠婚葬祭で島を不在にするが、代わりに来る循環器内科医が見つからないこともある。

 心筋梗塞のカテーテル手術は、開始の遅れが命取りになる。不在中、患者がドクターヘリで数時間かけて島外に搬送された。「あんたがいなくて大変だったよ」と冗談交じりに言われたが、笑えなかった。

 患者との距離の近さに魅力を感じてきた。島民から「父も親戚も救ってくれた命の恩人」と声をかけられれば、また頑張ろうと思える。

 ただ、やりがいに比例するように、労働時間は長くなる一方だ。

 3月21日は、午前8時の朝礼後、車で4人の家を訪問診療し、午後は3人にカテーテルを実施。夕方から当直に入り、翌朝までに5人の急患を診て、入院患者1人をみとった。仮眠は4時間。翌日はそのまま昼まで外来患者30人を診察し、夕方にいったん帰宅したが、夜は心筋梗塞の緊急手術のため再び病院に呼び出された。

 時間外労働は、いつも月100~120時間で推移してきた。

 4月から「医師の働き方改革」が始まった。勤務医の時間外労働は、原則として年960時間(月80時間相当)が上限となり、破れば使用者が罰せられる。

 このままでは上限におさまらないが、労働時間を短くすれば、島民の命に関わる。

 「運ばれてくる患者が、友達の親だったり親戚だったりする。『勤務時間がオーバーするから診られない』なんて、絶対にあり得ない」

 上限を1860時間まで拡大できる、国の特例を申請するよう病院に促している。地域の救急医療を担う、などの要件を満たせば認められる。

 ただ、年1860時間は月155時間に相当し、過労死ラインとされる月80時間の2倍近い。

 あと10年、同じ働き方ができるだろうか。自信はない。(枝松佑樹)

医師だけが過労死ライン2倍まで残業できる

 4月から始まった「医師の働き方改革」は、医師の健康を守ることで医療の質を担保するのが目的だ。

 なぜ、年1860時間(月155時間相当)という超長時間の時間外労働が認められることになったのか。

 そもそも日本の医療は、医師…

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