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10月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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フォトギャラリー 昭和天皇戦後巡幸(1951年)会員登録が必要です

今回の皇室とっておきフォトギャラリーは、昭和天皇の戦後巡幸のうち、1951(昭和26)年11月11日から25日に行われた近畿巡幸(京都府と滋賀県、奈良県、三重県)の写真を紹介します。

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朝日写真フォトアーカイブ

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(おわけできない写真もあります)

  • 1951年11月12日、京都市上京区にあった75世帯、208人の戦没者の家族が暮らす京都府立鴨川母子寮を訪問し、保育所で遊戯「日の丸を振って」を披露した子どもたちに笑顔で話される昭和天皇

  • 島津製作所三条工場で、工場の主要製品の電子顕微鏡で鉱物を観察される

  • 昭和天皇が訪問した京都大学では、歓迎ムードが一変。表玄関近くでは、天皇制復活反対などの様々なスローガンを掲げ集まる一部の学生たちと警察官や大学当局者らが押し合う騒動となった。多くの学生や教職員が見物に

  • 京都市の老人ホーム同和園で、高齢者を見舞う昭和天皇 。このときのことを「きよらなる家にすまひてよるべなき老人もまたうれしかるらむ」と御製で詠まれている

  • 13日、京都市から舞鶴市へ向かう途中、京阪神に甚大な被害をもたらした7月11日の豪雨により、ため池「平和池」が決壊し75人が死亡した京都府南桑田郡篠村(現・亀岡市)を通る、昭和天皇が乗った特別列車。奉

  • 京都府中郡峰山町(現・京丹後市)の峰山中学校で、戦地などから未帰還の父親を待つ子どもたちに「さみしいかね」などと言葉をかけられる昭和天皇

  • 15日、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市)の滋賀県立信楽窯業試験場で、奈良時代に聖武天皇が造営した離宮・紫香楽宮跡といわれる場所から発掘された壺や瓦などの焼き物について、説明を聞かれる昭和天皇。信楽町を

  • 16日、滋賀県坂田郡醒井村(現・米原市)の滋賀県立醒井養鱒試験場で、給餌の様子を見つめる昭和天皇。このときの光景を「谷かげにのこるもみぢ葉うつくしと紅鱒をどる醒井のさと」と詠まれている

  • 長浜曳山祭(現在はユネスコ無形文化遺産)に使用される曳山12基が並んだ長浜市の長浜西中学校で、奉迎するお年寄りの前を進まれる昭和天皇

  • 伊香郡西浅井町(現・長浜市)の山岡内燃機(現・ヤンマー)永原工場を視察、山岡孫吉社長の説明でK2型ディーゼルエンジンなどを見学される昭和天皇。この工場は、冬季に生産のない地域の振興を図ろうとする地元の

  • 18日、奈良市・添上郡奉迎場の奈良学芸大学(現・奈良教育大学)前広場で、式台から万歳に帽子を振って応える昭和天皇。左には興福寺五重塔が見える

  • 奈良市立飛鳥小学校で、奈良県内の児童、生徒の習字の作品に見入られる昭和天皇 。「世界永遠平和」、「講和日本の朝」などの文字が見える

  • 吉野杉・吉野檜など吉野木材の産地・吉野郡小川村(現・東吉野村)で、植林状況を視察する昭和天皇。吉野訪問について「空高く生ひしげりたる吉野杉世のさま見つついく代へぬらむ」と詠まれている

  • 19日、孤児、母子家族、老人が暮らす吉野郡大淀町の大淀美吉野園を訪れ、母子家族を励まされる昭和天皇

  • 東京から運ばれてきたサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約の批准書に署名を終え、対日講和条約の認証が奈良市で行われたことを祝う提灯行列に、御泊所の奈良県知事公舎の前に出て応えられる昭和天皇

  • 20日、三重県上野市(現・伊賀市)の上野市・名賀郡奉迎場を訪れ、中井徳次郎上野市長の発声で行われた万歳三唱に、式台上から帽子を振って応えられる昭和天皇

  • 桑名市の桑名駅に特別列車で到着した昭和天皇を、待合室の床に敷いたむしろ座り、出迎える高齢者たち

  • 四日市市の日本板硝子四日市工場の事務所屋上から、四日市港を視察される昭和天皇。左は戦災や復興について説明する吉田千九郎四日市市長

  • 21日、鈴鹿市にある電信電話、電話交換などの技術者を養成する鈴鹿電気通信学園を訪問された昭和天皇。左後方は佐藤栄作電気通信大臣

  • 23日、新嘗祭のために休養日となり、志摩市にある宿舎の志摩観光ホテルの前庭から、英虞湾一帯を眺められる昭和天皇。右は三重県の青木理知事

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