ひろゆき人気とネット時代の「弱者」観 壁の向こうとつながる道は
論壇時評 東京大学大学院教授・林香里さん
論壇時評筆者を務めてまもなく2年。「論壇」とは何か、筆者の役目は何か。暗中模索のまま時間が過ぎてしまった。そこでいま話題の対話型人工知能「Chat GPT(チャットGPT)」に「論壇って何ですか」と尋ねてみたところ、「論壇は、オンライン上で人々が議論や情報共有をするためのプラットフォーム」との答えが返ってきた。新聞の時評筆者として、思わず苦笑いだった。
「論壇」の定義はいろいろだろう。しかし、それを日本社会の世論形成の一つの「舞台」だと定義するならば、いまその舞台でもっとも影響力ある一人に「ひろゆき」こと西村博之がいる。
彼はネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」の創設者であるだけでなく、いまや民放テレビや雑誌などに広く登場し、あえてタブーに触れるような挑発的な話術を披露する。カリスマ的有名人として男子高校生の間では「総理大臣になってほしい有名人」第1位(〈1〉)だとか。昨年は金融庁の広報動画にも起用された。
他方で、米紙ニューヨーク・タイムズは、彼を長文の記事〈2〉で取り上げ、日本でのセレブ的扱いに疑問の目を向ける。同紙は、彼が「ネット上で最も有害な場所の一つ」である英語圏の匿名掲示板「4chan」の所有者であるのに、日本ではその実態があまり知られていないと指摘する。たとえば、昨年、米ニューヨーク州バファローで10人が死亡した銃乱射事件では、容疑者が人種差別に基づく過激思想を4chanに書き込んでいた。ひろゆきは、ベストセラー『1%の努力』で、英語圏の匿名掲示板は競争が少ないから、4chanの管理人を「ダラダラと続けていける」と書いている(〈3〉)。
毎月、雑誌やネットに掲載される注目の論考を紹介する「論壇時評」。ひろゆき氏が支持されるのはなぜか。読み解いたメディア研究者の論考を紹介します。そこには独特の「弱者」観があるようです。後半では、米国の著名な投資家ピーター・ティール氏の思想との共通点や、実害に発展することも珍しくなくなったネットでの攻撃について考えていきます。
普段、論壇誌にはほとんど縁…