第3回「次のターゲットは教育」 密告恐れる教師 崩れた理想

有料記事奪われた自由 香港国安法1年

香港=奥寺淳 台北=石田耕一郎
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 「先生、別の見方もあるのですか」

 香港の高校教師、田方澤さん(33)がいま最も恐れているのが、生徒からそう質問されることだ。

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反体制的な言動などを取り締まる香港国家安全維持法が施行されてから、6月30日で1年を迎えます。度重なる当局からの弾圧で、香港は「沈黙の街」に一変してしまいました。連載3回目となる最終回では、国安法が教育の場に与える影響について取材しています。

 田さんが担当する科目は、「通識科(リベラルスタディーズ)」。生徒の視野を広げ、社会への意識を高めるために香港の高校で2009年に必修科目として導入された。

 例えば田さんが授業で扱った中国の巨大経済圏構想「一帯一路」。中国からすると西部地域や中央アジアの発展に必要だが、田さんは「海外では中国脅威論もあるし、関係する国の市民には利益が還元されていない側面がある」と異なる見方を示して、生徒たちに議論させてきた。中国共産党の価値観や歴史観を教えることを重視する中国本土の教育とは一線を画す。

 教科書では題材として、天安門事件の追悼集会や近年の民主化デモなども紹介し、報道の自由や司法の独立といった社会制度を複数の視点から議論して考える力を養わせてきた。

 ところが、通識科は9月の新学期から姿を消すことになった。中国の歴史や改革開放などについてより多く学ぶ「公民と社会発展科」に置き換えられる。

 これによって、どうなるのか。田さんはいう。「これからは、多様な見方を示しづらくなり、『いい面』しか伝えられなくなってしまう」

 中国政府が国家プロジェクトで進める香港と広東省の経済圏「大湾区」構想について、これまでだと中国の経済発展の勢いに乗って機会を得るというプラス面と、香港が中国にのみ込まれることのマイナス面の両方を議論した。しかし、これからは「これからは政府の資料を示して『良い構想』としか言えない」。

 田さんによると、新科目では、香港が中国の不可分の領土であることや国家安全の意識、新型コロナウイルス禍のような事態が発生したら政府に協力すること、などを教えなければならないという。

記事後半では、愛国教育に力を入れる中国政府や学校現場の変化について、さらに深く取材しています。また、国安法の教育に及ぼす影響が、香港の若者たちの対日観にも変化を与えかねないという点についても伝えています。

萎縮する教育現場

 昨年6月末に施行された香港…

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連載奪われた自由 香港国安法1年(全3回)

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