(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)垣根越え、先見通す政治報道を 佐藤信

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 朝日新聞の政治報道が他紙と比べて魅力的であることは多い。とりわけカギカッコで政治家個人の言葉をとってくるのがうまい。麻生太郎自民党副総裁の「次も岸田でいいと思ってたんだけど、な」といった発言のように。具体的な発言を引用するには、事前に政治家から――ときに暗黙の――確認を得る必要があるので、背後には地道で実直な仕事がある。

 聞けば、政治取材の現場は様変わりしている。かつては番記者という専属の記者が、主要政治家の自宅にまるで家族のように入り浸った。今では政治家が自宅に政治記者を入れることはほとんどない。松田京平政治部長によると、大きな転機は2007年に新しい赤坂議員宿舎が完成して、記者が宿舎に入れなくなったことだという。同時に記者でも「働き方改革」が進んで、朝から晩まで政治家に密着する時代ではなくなった。今でも対面取材が基本とはいえ、LINEで政治家とやり取りをすることも多い。

 2017年の民進党分裂以来、難しくなっているのが野党報道だ。四分五裂し、新興小政党もある。社内で人員削減の波も及ぶ。従来通り、議席のある政党をカバーするだけでも楽ではない。パブリックエディターとして、日本保守党のような議席がなくても存在感のある政治団体も紙面で扱うべきと申し上げ、記事に反映されたことがあるが、変容する政界の多様性にも必死で食らいつこうとしている。

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 しかし、有象無象のうごめく政界の多様性をそのまま書いても、多くの読者には届かない。そこで、テレビやインターネットは容易に名の通ったリーダーの個性に注目したがる。朝日新聞とて「官邸幹部」や「自民党中堅」といった匿名表現を多用してリーダー以外の政治アクターを埋没させることで、この趨勢(すうせい)を後押ししてしまっている。

 知名度の高いリーダーは、SNSやテレビを通じて直接発信することもできる。有料の新聞メディアは、複雑な政界の構造を分かりやすく整理して伝えることに注力すべきではないか。自民党総裁選の議員票についても、派閥解体で動向が見えづらいだけに、現場の取材で判明した各議員の投票意向を、見えやすく一覧化して掲載すれば、読者の理解も、記事への信頼も上がるだろう(当コラム脱稿後、18日朝刊に掲載)。

 さらに、情報の整理にあたっては、先を見通す報道へと転換することを提言したい。大政党は独自に情勢調査を行って衆議院解散を含む政治スケジュールを組んでいる。省庁や官邸は時間をかけて政策を作り込み、あらかじめスケジュールを見通して法案や予算を提案する。

 ところが、政治報道では、出てきたものを行き当たりばったりに報じることが多い。法案であれば政府が国会に提出した時点で大筋で変更されないことがほとんどだというのに。読者からは「こんな問題のある法案、もっと早く知りたかった」といった声がたびたび漏れる。

 あらかじめスケジュールや人間関係、政策体系の全体像をみせることが有効だろう。野党キャップだった三輪さち子政治部次長は、政策を細部まで勉強する時間がなかなかなく、野党議員と話すなかで問題点を知ることもあると話してくれた。政策取材も担う経済部との人事交流が近年盛んになったことで政策への理解が深まってきたというから今後に期待したいし、野党議員だけではなく有識者との人的ネットワークを広げることで政策動向への理解も深めて欲しい。

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 加えて、先を見通す報道のためにも、自社で行った世論調査・情勢調査・出口調査などのデータをもっと活用して欲しい。政治部が永田町を中心とした政局取材をする一方、こういった調査は世論調査部が担っている。組織のタテ割りもあってか、データが政治記事に活かされていない。

 厳密な調査方法を用いたデータを継続的に集めるには多くの人とカネが必要で、研究者や独立メディアの羨望(せんぼう)の的だ。うまく使えば、与党よりもクリアに先を見通しながら取材・報道ができるだろう。調査の設計・分析に外部の専門家を登用したり、データを公開して分析の成果を紙面に反映したりすれば、その利点はさらに大きくなる。

 オピニオン面などでしばしば紹介される、政治学者や各政策領域の有識者による最新の学術的知見も、政治取材や世論調査と連関しているようにはみえない。読者にとっては同じ紙面だ。一貫してわかりやすく論理的な紙面こそ求められている。

 ◆さとう・しん 東京都立大准教授。専門は現代日本政治、日本政治外交史。著書に「近代日本の統治と空間」「日本婚活思想史序説」など。1988年生まれ。

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    小熊英二
    (歴史社会学者)
    2024年9月20日9時53分 投稿
    【視点】

    反映してよい提言。とくに「法案は国会提出以前に報道すべき」と「政治報道は研究者や世論調査部と提携すべき」はやってほしい。

    …続きを読む

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