一歩ずつ、道をひらいて 朝日賞など4賞受賞スピーチ

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 2022年度朝日賞と第49回大佛(おさらぎ)次郎賞、第22回大佛次郎論壇賞、22年度朝日スポーツ賞の合同贈呈式が27日、東京都千代田区帝国ホテルで開かれた。朝日賞の柄谷行人(こうじん)さんや大佛次郎賞星野博美さん、スポーツ賞のサッカー日本代表森保一監督らが受賞の喜びを語った。

 ■光の向こう側、撮りたいと思って 写真家・石内都さん(朝日賞)

 写真というのは光を当てて、その光の反射しか写らないんですね。でも、目に見えない、光の向こう側にあるかもしれない記憶、時間、空気、におい、そういうものを撮りたいと思い写真を始めました。ただ、まだ達成はしていません。努力しなければいけません。

 私は横須賀から始まって、いま広島にたどりついています。去年も新しく入った遺品を撮ってきました。女学生が残した小さなお財布です。その中に76年の時間があるんです。私がそれを自然光のもとに連れ出して撮って、世界に発表しています。遺品に新しい命が宿るということです。

 日本は写真そのものはすごく盛んですが、写真を使った表現というと、まだまだちゃんとした評価がなされていないのが現実です。賞は写真表現に対するエールなのだな、と思いました。これから写真をやる人、写真表現をしている人に励みになるのではないかな、と思っております。

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 いしうち・みやこ 被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」など記憶に向き合う作品を発表。

 ■絶望的状況でこそ見いだす希望 哲学者・批評家、柄谷行人さん(朝日賞)

 朝日賞受賞は、私が昨年秋に出した「力と交換様式」が評価された結果だと思います。これは、私が長年取り組んできた「交換様式」論の集大成のような内容です。

 交換様式は、戦争や経済恐慌などの致命的な問題を必然的に伴う社会のあり方を理解し、それを超える道を見いだすために、必要な観点です。この本で私は、現在の世界がいかに絶望的な状況に置かれているかを語るとともに、希望がないことが希望だ、と述べました。それはレトリックではありません。私がいう希望とは、楽観的な展望のことではない。絶望的な状況の中で見いだされるようなものでなければ、希望の名に値しない。私はそれを、今度の本の最後において見いだしたと思います。

 受賞は、私の現在を評価してくれた、未来につながるものなのではないか。若いとは言えない自分に、まだ、これからなすべき仕事があると感じています。

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 からたに・こうじん 鋭い文芸批評を展開したほか、交換様式論を構築、探究してきた。

 ■「自己組織化」、歳月かけ市民権 東京大学卓越教授・藤田誠さん(朝日賞)

 「自己組織化」は、多くの事象が互いに影響しあい、やがて、自然とそこに秩序が生まれる現象です。

 この現象に、私自身、いまから30年くらい前に魅せられ、研究を続けてきました。化学結合の組みかえが起こらないこの現象は、「化学なのか?」とも言われましたが、10年、20年たち、だいぶ市民権を得ました。このような、長い歳月をかけて、理解してもらえる研究が好きです。

 最近の成果の「結晶スポンジ法」は、化学や生命科学の基盤になる技術を革新する手法です。産業界で使おうと、東大に社会連携講座もできました。いつか社会に貢献したいと思っていましたが、それが果たせそうでうれしく思います。

 科学研究は、たった一人の頭脳でできるものではなく、多くの人の支えがありました。何百人という名前を挙げなければなりませんが、彼らも、それぞれが受賞者の一人だと思っていただければうれしいです。

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 ふじた・まこと ナノサイズの空間をもつ物質を、「自己組織化」現象を使って創出した。

 ■がんゲノム医療で世界引っ張る 国立がん研究センター研究所長・間野博行さん(朝日賞)

 1990年代までにがんを起こす遺伝子が次々に見つかっていましたが、患者の病状改善に効果のある薬の開発は進んでいませんでした。

 私は「がんのアキレス腱(けん)となっている遺伝子を見つければ、有効な抗がん剤ができるのではないか」と考えました。遺伝子を探す技術を開発して患者の検体を調べると、肺がんの原因遺伝子が見つかったのです。

 毎年、世界で5万~7万人がこの遺伝子が原因の肺がんになって亡くなるとされていますが、原因を標的にした薬のおかげで命を救えるようになりました。ほかにもこうした遺伝子が見つかり、薬の開発につながっています。

 遺伝子を調べ治療につなげる「がんゲノム医療」の時代が到来しています。日本では4万人以上の情報が集まっています。これによって、薬がつくられるだけでなく、がん医療の改善につなげて世界を引っ張っていけると思います。

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 まの・ひろゆき 肺がんの原因となる融合遺伝子を、世界で初めて発見した。

 ■大手メディアができぬこと、結実 ノンフィクション作家・星野博美さん(大佛次郎賞)

 私の祖父が東京・五反田周辺で営んだ町工場は戦時中、戦争に使われる何かを作っていた。そのことをカミングアウトしないと、何かを語る資格はないと思っていた。五反田という土地をテーマにした「世界は五反田から始まった」で、ようやく書くことができた。

 コロナ下に、自分の地元を観光客のように歩いたことで、新たな五反田像が見えてきた。書きながら、スペイン風邪が流行した100年前の祖父の時代と、自分の時代が交差するような奇妙な感覚があった。

 これまで地域と庶民の暮らしを大事にして作品を書いてきた。大手メディアができないことを、「個人商店」にしかできないことをシャベル1本でやろうと。それが結実したのが今回の作品ではないかと思う。

 文筆業界に入って30年以上になるが、信用第一の製造業の方が性に合っているような気もしている。製造業の魂を持ちながら、地道に小さなことに目を向けて生きていきたい。

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 ほしの・ひろみ 受賞作は「世界は五反田から始まった」。

 ■歴史は可能性の束、未来考える力 東京大学教授・板橋拓己さん(大佛次郎論壇賞)

 ドイツ統一というテーマに取り組んだのは、史料への好奇心からでした。舞台裏が知れる史料が続々と解禁されるとあっては、ドイツ政治外交史研究者の血が騒がないわけはなかった。この10年余りにヨーロッパを襲った複合危機の遠因が冷戦終結過程、とりわけドイツ統一プロセスに凝縮されていると考えました。

 そうした考えを強めたのはドイツに住んだ経験からです。旧東ドイツ排外主義的な事件が起こったり、極右政党が躍進したりした時に、旧西ドイツの人々が「東だから」と片づけるのは衝撃でした。東西間に残る心の壁を実感したことがドイツ統一や冷戦終結を考え直す手がかりでした。

 ドイツ統一と冷戦終結から現在のロシア・ウクライナ戦争までは「地続き」だと表現しましたが、一直線には結びつけないでほしい。歴史を必然と捉えず可能性の束として考えることは、未来をどう形作っていくかを考える力になります。

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 いたばし・たくみ 受賞作は「分断の克服 1989―1990 統一をめぐる西ドイツ外交の挑戦」。

 ■世界で勝てる、勇気と自信を サッカーW杯日本代表のみなさん(朝日スポーツ賞)

 サッカー日本代表は昨年11~12月のワールドカップ(W杯)カタール大会で、初めて2大会連続の16強入りを果たした。森保一監督は「チームとして、選手、スタッフ、みんなの誇りにさせて頂ければと思っています」と喜びを口にした。

 1次リーグでは優勝経験のあるドイツ、スペインを破った。「世界の中で日本が勝てるという勇気と自信を、多くの国民の皆さんに持って頂けたら幸いです」

 決勝トーナメント1回戦でクロアチアにPK戦で敗れ、史上初の8強入りはならなかった。「ベスト16の壁を破り、その先に進むことを目標に掲げていたので、受賞のうれしさとともに悔しさも持っています」と率直な思いを語った。

 2026年に米国、カナダメキシコで共催されるW杯のアジア予選が今年から始まる。「これからもサッカーで、スポーツで、日本に貢献していきたい。引き続きご支援、応援をよろしくお願い申し上げます」

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