(社説)安保政策の大転換 「平和構築」欠く力への傾斜

社説

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 日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているのは事実で、着実な防衛力の整備が必要なことは理解できる。

 しかし、他国の領土に届く「敵基地攻撃能力」の保有は、専守防衛の原則を空洞化させ、防衛費の「倍増」は歯止めなき軍拡に道を開きかねない。

 国民的議論のないまま、戦後の抑制的な安保政策を大転換し、平和構築のための構想や努力を欠いた力への傾斜は、危ういと言うほかない。

 ■攻撃でも日米一体化

 岸田政権が今後10年の外交・防衛政策の指針となる「国家安全保障戦略」(NSS)と、それを踏まえた「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保3文書を閣議決定した。岸田首相は記者会見で「現在の自衛隊の能力で、脅威を抑止し、この国を守り抜けるのか。現状は十分ではない」と、抜本的な防衛力強化の必要性を訴えた。

 しかし、その柱である敵基地攻撃能力の保有は、「反撃能力」と呼称を変えたからといって、国際法違反の先制攻撃になりかねない危険や、対抗措置によってかえって地域の緊張を高める恐れが、なくなるわけではない。政府は相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止力」になるというが、専門家の間にも懐疑的な見方がある。

 専守防衛を掲げ、「盾」に徹してきた自衛隊が、米軍に委ねてきた打撃力という「矛」の一端を担うことで、日米同盟の役割分担が変質することも見過ごせない。「日米が協力して対処する」として、NSSには「運用の調整」も明記された。攻撃に使うミサイルは、国産の改良型のほか、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の大量購入が予定されている。

 日米の一体化が進む中で、日本が主体的な判断ができるのか。米国が主導する作戦に組み込まれるだけにならないか。政府がいくら、「専守防衛は変わらない」「先制攻撃は許されない」と言っても、相手国が信じるとは限らない。攻撃を受けるリスクが逆に高まりかねない。

 ■中国にどう向き合う

 日本の安全保障にとって最大の課題は、軍事力を急速に強化し、力による現状変更もいとわない中国への向き合い方だ。

 9年前に策定された初めてのNSSでは、「我が国を含む国際社会の懸念事項」という対中認識が示された。今回は「これまでにない最大の戦略的な挑戦」という文言が加わった。自民党が求めた「脅威」という言葉こそ避けたものの、東・南シナ海での強引な海洋進出や台湾海峡の緊張などを踏まえ、より厳しい見方に転じたといえる。

 「戦略的な挑戦」は、米国が国家安全保障戦略で採用した表現に歩調をあわせたものでもある。確かに、米国からみれば、中国は自らの覇権に挑戦してくる国であり、それに打ち勝つことが目標かもしれない。

 ただ、日本にとっては、中国は隣国であり、歴史的、経済的な結びつきも深い。ひとたび、東アジアで紛争が生じた場合、国民生活に与える打撃も、日本の方がはるかに大きい。

 日米の利害がすべて一致するわけではない。決して戦争は起こさせないという決意で、緊張緩和や信頼醸成に率先して取り組むのが日本の役割だろう。NSSには「第一に外交力」「第二に防衛力」とあるが、防衛力の強化が突出し、外交も中国に対峙(たいじ)する関係国の連携強化に力が割かれているのが実態だ。

 ■説明と同意なきまま

 今回、政策転換の中身に加え、その決定過程にも看過できない瑕疵(かし)がある。

 首相は昨年秋、安保3文書の改定を表明した後、防衛力の強化は内容、予算、財源をセットで決める、敵基地攻撃能力の保有は「あらゆる選択肢を排除せず検討する」と繰り返すばかりで、参院選や国会でも具体的な説明から一切逃げてきた。

 決定間際になって、安保関連の予算を5年後に国内総生産(GDP)比2%にすることや、そのうち1兆円を増税で賄うことなどを矢継ぎ早に指示したが、拙速きわまりない。

 複数の選択肢を示し、リスクも含めた説明を尽くす。そのうえで、国民の納得を得て、対処方針を決める。医療に例えれば、インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)のプロセスを欠いたまま、一方的に処方箋(せん)を示され、強い「副作用」を伴う「劇薬」を飲まされるようなものではないか。

 与党内の抵抗で増税時期の決定は先送りされ、安定財源の裏づけのないまま、「戦闘機やミサイルの購入」(首相)が先行する。防衛力整備の一部を建設国債で賄うという「禁じ手」にも手を出した。透明性も丁寧さも欠いた進め方のひずみが、一気に噴出したといえる。

 首相は会見で、防衛力強化は「国民の協力と理解」なしに達成できないと述べた。ならば、来年の通常国会を始めとする開かれた場で、自分の言葉で説明を尽くし、必要な見直しを躊躇(ちゅうちょ)すべきではない。

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