(社説)自公勝利後の政治 民主主義 実践が問われる

社説

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 街頭演説中の安倍元首相が銃撃され死亡した事件の衝撃が冷めやらぬなか、参院選が投開票され、自民、公明の与党が改選議席の過半数を得て、勝利した。

 岸田首相は昨秋の衆院選に続く国政選挙の連勝で、安定的な政権基盤を手にした。問題は、それを国民のためになる政策の実現にどう生かすかである。民主主義を守る重要性が再認識されるなか、「丁寧で寛容な政治」の真価も問われる。

 ■多様な意見を認め合う

 安倍氏を狙った容疑者は「政治信条に対する恨みではない」と供述しているという。事件の背景は今後、徹底的に解明されねばならないが、憲政史上最長の首相在任期間を持ち、自民党内最大派閥の長として今も大きな影響力を持つ安倍氏が、選挙戦のさなかに凶弾に倒れたこと自体、自由な言論や政治活動を萎縮させ、社会不安を広げかねない。

 長引く経済の停滞や格差の拡大、コロナ禍による自由の制約など、ただでさえ閉塞(へいそく)感が漂う日本社会で、言葉ではなく暴力で思いを遂げようという風潮が広がることは、何としても防がねばならない。

 主権者として、私たち一人一人の覚悟も問われるが、「全国民の代表」として選ばれた国会議員には、その先頭に立ってほしい。

 選挙戦最終日に街頭に立った各党の代表や候補者らは、口々に「民主主義を守る」決意を語った。その守るべき民主主義とは、言論や表現の自由のうえに、多様な意見の存在を認め、丁寧な話し合いを通じて合意をめざす地道な努力に支えられている。そうした政治の実践ぬきに、民主主義への信頼を高め、守ることはできないと心すべきだ。

 ■フリーハンドではない

 衆参両院で圧倒的な「数の力」を得た岸田政権と与党の自民、公明両党には、とりわけ重い責任がある。

 これから3年、衆院の解散がなければ、補欠選挙を除き、国民の審判を仰ぐ国政選挙はない。今回の選挙結果を受けた国会の勢力は、しばらく続く日本政治の土台となる。

 就任以来約9カ月、その「中間評価」となった参院選に勝利したことで、首相は本格政権に向けた歩みを強めることだろう。ただ、選挙戦では、賛否の分かれる政策について、明確な処方箋(せん)を示して、正面から有権者の判断を問う場面はなかった。これで、フリーハンドを得たなどと思われては困る。

 まずは、参院選でも大きな争点となった物価高対策や、「第7波に入った」ともいわれる新型コロナの感染再拡大への対応、ロシアのウクライナ侵略に対する国際社会の結束強化など、喫緊の課題に全力で取り組むことだ。「国家安全保障戦略」の見直しに向けた議論も本格化する。防衛費の倍増論や敵基地攻撃能力の保有について、首相はあいまいな説明に終始してきたが、選挙が終わるのを待ったかのようにアクセルを踏むことなどあってはならない。

 この選挙戦の街頭演説では、閣僚から看過できない発言が飛び出している。山際大志郎経済再生相の「野党の人から来る話は、われわれ政府は何一つ聞かない」だ。政府は与党支持者のためにあるのではない。野党に投票した人を含め、国民全体に公平公正に奉仕すべきものだ。党派によって異論を切り捨てる姿勢は、民主主義の原則にも反する。

 少数派の意見にも真摯(しんし)に耳を傾け、より丁寧な合意形成が求められるのが、国の根本を定める憲法をめぐる議論だ。今回、自民、公明の与党に、改憲論議に積極的な日本維新の会国民民主党を加えた4党で、発議に必要な3分の2を超えた。しかし、9条への自衛隊明記など4項目を掲げる自民党の首相でさえ、街頭演説ではほとんど改憲を訴えていない。改憲勢力とひとくくりにされる4党も、中身が一致しているわけではない。数を頼んで拙速に結論を求めることは許されない。

 ■野党の役割を忘れるな

 参院選では野党のあり方も問われた。「批判ばかり」との指摘を意識して「政策立案」を強調した立憲民主党は改選議席を下回り、党勢立て直しには程遠かった。国民民主党は政策実現を優先するとして、当初予算に賛成するなど与党にすり寄ったが、議席増には結びつかなかった。

 一方、昨年の衆院選に続いて議席を伸ばしたのが維新だ。改憲では、来春の統一地方選に合わせた国民投票を主張するなど、スケジュールありきの前のめりな姿勢を隠さない。安保政策では、米国の核兵器を配備して共同運用する「核共有」の議論を求めるなど、自民以上に先鋭な主張も多い。緊迫する国際情勢を受けた国民の不安を直視しつつも、戦後の日本が堅持してきた平和主義に基づく戦略こそが求められる。

 野党各党が独自路線をとり、候補者が競合したこともあって、全体の帰趨(きすう)を左右する32の1人区は、自民党の28勝となった。野党勢力の後退は、政治から緊張感を奪いかねない。しばらく国政選挙がないかもしれないという情勢の中では、なおさら野党による日常的な行政監視の重みは増す。政策提案も大切だが、政権を厳しくチェックするという野党の本分を尽くすことから、「次」に向けた歩みを踏み出すべきだ。

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