(社説)侮辱罪厳罰化 慎重な審議を求める

社説

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 侮辱罪に懲役刑を科せるようにすることを盛りこんだ政府提出の刑法改正案が、衆院法務委員会で審議されている。

 SNSを使って人をおとしめる行為が後を絶たない。心身を傷つけるだけでなく、後難を恐れ、社会に向けて意見を述べたり行動したりするのをためらう風潮さえ生まれている。対策が急務なのは間違いない。

 一方で侮辱と正当な批判との線引きは容易でなく、厳罰化は表現行為全般を萎縮させる恐れをはらむ。野党は対案を提出しており、慎重な検討が必要だ。

 侮辱罪は、事実を示さなくても公然と人を侮辱すれば成立する。毎年数十人が処罰され、罰は法定刑の上限に近い9千円の科料に集中する。そこで「1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金」も選択できるようにしようというのが政府案だ。

 刑法には別途、事実を示して名誉を毀損(きそん)する行為を罰する条文がある。3年以下の懲役と重いが、公益を図る目的があり、内容が真実ならば免責するという特例がある。政治家や公務員に関する批判的な言論についても同様の保護がある。しかし侮辱罪にはこうした規定がなく、危うさがつきまとう。

 また、懲役刑が科されるようになれば、刑事訴訟法の定めにより、逮捕して取り調べることがやりやすくなる。このため国会審議では捜査のあり方も論点になっているが、二之湯智国家公安委員長は「不当な弾圧はない」と述べるだけで、議論は深まっていない。

 このまま政府案を成立させるわけにはいかない。国連の委員会も、表現行為に自由を拘束する刑を科すことに否定的な見解を示している。国際潮流も見すえ、罰金刑までを導入することとし、その後の運用を見るべきではないか。

 立憲民主党の対案は、侮辱罪はそのままにして、「人格に対する加害の目的で誹謗(ひぼう)・中傷した者」を罰する規定を新設するものだ。「死ねばいい」といった言葉は相手に深刻なダメージを与えるが、侮辱罪に当たるとは限らない。ネット空間の言説や被害者の思いを踏まえた提案であり、検討に値しよう。

 民事手続きによって、確実・迅速に被害の救済を図る仕組みの確立も求められる。

 近年の法改正で、発信者を特定して賠償を求めることは以前より容易になった。だが費用も手間もかかり、なお「救済」には遠いとの指摘がある。

 匿名でも人を傷つける言動をすれば民事上の制裁を受けるという実例を重ね、広く認識されることが、抑止効果にもなる。表現の自由との両立を常に頭に置きながら、工夫を重ねたい。

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