暮らしを創造する、ロボット技術 朝日教育会議

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 ■千葉工業大×朝日新聞

 映画や漫画で描かれてきた世界は、実はすでに、技術と創造力を組み合わせた「リアルSF」として私たちの身近にあるのかもしれない。千葉工業大学は、朝日新聞社と大型教育フォーラム「朝日教育会議2021」を共催し、最先端のロボット開発をはじめとした未来世界を紹介した。

 【2月23日に開催。インターネットでライブ動画配信された】

 ■基調講演 使いやすく、役に立ってなんぼ 千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長・古田貴之さん

 ロボット技術でどんな未来をつくろうとしているのか。私が所長をしている「fuRo(フューロ)」が開発したロボットを紹介しながら、少しだけお話しします。

 「櫻壱號(さくらいちごう)」というロボットは、原子力発電所内部を探査するために開発しました。ゲーム機と同じようなコントローラーで遠隔操作します。45度の斜面を登るクローラー(無限軌道)は、ボタン一つで進行方向を前後逆にできる。全方位にカメラが付いている。通信ケーブルは絡まらないように、リール自体に人工知能(AI)を入れ、一定の張力を保つように自動制御しています。

 テクノロジーは高度になればなるほど、人がいかに簡単に使えるかが大事です。福島第一原発事故でロボットを投入した際に大変だったのは、現場の作業員にとって使いやすくすることでした。訓練所、マニュアル、教習メニューをつくってロボットの操縦者を養成し、改良の求めにも即座に対応しました。結果、ロボットは原発の冷却システムの再稼働に大いに活躍しました。技術は役に立ってなんぼ。どんなにすごいロボットをつくっても、現場で使えなければ意味がありません。

 次のロボットを紹介します。人のパートナーにも、乗り物にもなる人工生命体のようなものをつくりたくて、開発したのが「CanguRo(カングーロ)」です。ご主人様を認識して後をついてきます。ショッピングモールでは荷物も運んでくれる。バイクモードに変形すれば、狭い所でも小回りがきき、3次元センサーは走りながら周囲360度、リアルタイムで地図を自動生成してくれます。

 これからの高齢化社会は医療・福祉もむろん重要ですが、いかに高齢者が主役の世界をつくるか。年を取っても動き回りたい、それも若者も欲しくなるものに乗って。カングーロは単なる移動手段ではなく、かつての人と馬の関係のように、AIで人と乗り物の新しい関係をつくる。そんなライフスタイルの提案でもありました。

 技術って、色々なことが出来ます。私たちがやりたいことは、ロボットそのものをつくることではなく、ロボットによって社会や未来をつくることなのです。私は子どものころに病気で車いす生活をおくったとき、車輪が足になってどこへでも行けたらいいなあ、いつか巨大ロボットのようなワクワクする技術をつくりたいなあと思ったのが、勉強を始めるきっかけでした。若い皆さんも、技術を勉強するときは、世の中にいかに届け、ワクワクする気持ちを伝えるかということに、ちょっとだけ興味をもてるといいと思います。

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 ふるた・たかゆき 1968年東京都生まれ。博士(工学)。2000年、科学技術振興機構ERATO北野共生システムプロジェクトに、ロボット研究グループリーダーとして所属。03年から現職。変形する車から災害対応ロボットまで、様々なロボットの開発・研究に取り組む。

 ■プレゼンテーション 地道な積み重ね、すごくカッコイイ 漫画家・漫画原作者、稲垣理一郎さん

 漫画原作者をしています。週刊少年ジャンプで連載した「Dr.STONE(ドクターストーン)」という科学漫画のお話をします。

 ある日突然、謎の光線で人類が石像化し、文明は崩壊し、世界はまっさらな大自然に戻ってしまった。そんな設定です。その中で目覚めた主人公の千空(せんくう)くんが奮闘します。科学が好きな少年で、原始の状態から一歩一歩、何度も何度も失敗しながら科学を進めていく。火がなかなか起こせない。土器を焼いてもすぐ割れちゃう。木を切ろうにもノコギリがない。なのに最終目標はロケットをつくって、月に行くと言い出すのですから、まあめちゃくちゃです。「実験始めて一年――地道なもんだ」と主人公がぼやくシーンがあります。実はこの地道な部分こそ、私が書きたかったことなんです。

 スーパーヒーローの天才的なパワーで、技術がどーんと進歩して周りがびっくりするような漫画や映画の方が、エンターテインメントとして確かに見せやすい。ただ、作り手として、カッコイイってそこだけかな、という思いがずっとありました。世の中のほとんどの仕事は、一歩一歩くさびを打ちながら進んでいく地道な作業なわけです。漫画の世界だって、作家によっては1コマ考えるのに3日かけたり、語尾を1文字変えるのに一日中考えていたりするくらい、地道な作業です。技術でも何でも地道に積み重ねていく作業は、地味でスポットライトが当たりづらいけれど、実はすごくカッコイイんじゃないか。そこを漫画で書きたくて、Dr.STONEを始めました。

 この漫画にはすごい効能があります。この世の全てのものが素晴らしく見えてくるんです。例えば、眼鏡をつくるシーン。原始生活の村に、ひどい近視の小さな女の子がいる。その子のために千空くんたちは、ガラスの原料の珪砂(けいしゃ)や貝殻、海藻、鉛、炭酸カルシウムからクリスタルガラスをつくる。それでこの女の子は眼鏡をかけるわけですが、視界が一気にぱあーっとクリアになり、生まれて初めて世界をまともに見る。このシーンを書いた時、近視の担当編集者から、「めちゃくちゃ感動しましたー」と言われました。眼鏡って現在では、推しジャンルもあるくらいのオシャレ用品です。かつてはハンディキャップだったことが科学の進歩で、ただのカッコイイものになった。これってすごいことですよね。

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 いながき・りいちろう 1976年、東京都生まれ。週刊少年ジャンプ(集英社)で2009年まで連載された「アイシールド21」や、22年3月に5年間の連載を終了したばかりの「Dr.STONE」の原作を担当。「Dr.STONE」は累計発行部数1千万部を超え、アニメ化もされている。

 ※稲垣さん本人の希望で、写真の代わりに、友人である漫画家・西義之さんが描いた似顔絵を掲載しました。

 ■プレゼンテーション 楽しい介護へ、排泄センサー開発 株式会社aba代表取締役CEO・宇井吉美さん

 介護はつらくて暗い。そんなイメージがあるかもしれません。実は、介護は楽しいのです。私は千葉工業大学在学中、介護ロボットの研究開発をして、「aba」という会社を設立しました。テクノロジーによって、誰もが介護したくなる。そんな社会づくりをめざしています。

 介護職員の数は不足しています。家族が頑張らなければならない状況で、国民の10人に1人が介護をしているという推論データもあります。医師や看護師のように国家資格があるわけではなく、介護の楽しさに十分に触れることもなく、ある日突然、いわば未経験者のまま介護現場に出るのはつらいかもしれません。

 私は起業後の3年間、平日は会社経営や技術開発をし、土日は介護職をするという時期がありました。初めて介護施設にいったとき、職員の方に「おむつを開けずに中が見たい」と言われ、これが始まりでした。

 介護で一番大変なことは排泄(はいせつ)である、という国の調査があります。ナースコールを押せず、トイレにも歩いていけない人がどうするか。おむつ交換してもらうのを待つしかない。おむつの中に尿や便がたまっていても待ち続けるしかない。おむつ交換にかける時間は、1施設あたり少なくても1日15時間以上と言われています。そのうち20~30%は、おむつを開けても排泄がなかったという「空振り」です。しかし、おむつの外に尿や便が漏れると服やシーツまで交換することになり、10倍以上の時間がかかってしまいます。

 おむつを替えてほしいという高齢者と、おむつを開けずに中が見たいという介護職をつなぐために、「排泄ケアシステム ヘルプパッド」というベッドに敷くシート状の製品を開発しました。シートに複数の穴が開いていて、そこから吸い込んだ便や尿のにおいをセンサーが検知し、ウェブやスマホのアプリで通知して介護職員がおむつ交換に行く、そんな仕組みです。AIが、毎日いつごろ排泄しているかわかるパターンの解析もします。「おむつチェック回数が半分近くに減った」という報告も受けております。

 こうしたテクノロジーによって、誰もが介護できる、介護したくなる、介護が楽しくなる。そうした仕組みをつくることが、私たちケアテックメーカーの使命だと考えています。

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 うい・よしみ 1988年生まれ。千葉工業大学未来ロボティクス学科在学中に、介護テックベンチャー「aba」を設立。排泄センサーの開発に取り組む。ケアテックの先駆者として、介護を「かっこいい仕事」にアップデートすべく奮闘中。

 ■パネルディスカッション

 パネルディスカッションでは3人が登壇し、先端技術や創作の背景を語った。(進行は高山裕喜・朝日新聞大阪本社科学医療部長)

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 ――今回紹介されたカングーロを見て、手塚治虫原作のアニメ「火の鳥2772」(1980年公開)に登場する女性型ロボット・オルガを思い出しました。オルガもあるときは人の姿に、ときには飛ぶ機械に姿を変えて主人公を色々サポートします。2022年にここまでできているのだと感動しました。

 古田 ロボットをつくる私の判断材料は二つ。世の中に無く、それが必要かどうか。そしてワクワクするかどうかです。どちらかといえば、形よりも必要性です。ヒューマノイド(人型ロボット)は既に存在します。これからつくるなら現在のヒューマノイドができないこと、つまり、人間を超える能力があるヒューマノイドで世の中を驚かせたいですね。「すごい!」「ワオ!」に到達しない限り、技術の次の進歩はないと思っています。

 ――「Dr.STONE」は、主人公が科学の知識を武器にし、なおかつ色々な人とその知識をシェアしながら世界を再興していこうという、まさに21世紀的な構図ですね。

 稲垣 もともと私は理系タイプだったので、科学的思考が大好きでした。プログラムも好きでゲームもつくっていました。

 実は「科学漫画」が週刊少年ジャンプの読者に通用するかどうか、はじめは分かりませんでした。ヒットには論理的な戦略がいります。もちろん、まず、書きたいという思いがないと始まりません。ただ、思いだけでは料理の素材をそのまま出すようなもの。読者にとっていかにおいしい料理にしていけるかという論理的な戦略と、両方を紡いでいくことが大切だと、若い人には伝えたいですね。

 宇井 あの漫画で「地道がカッコイイ」と表現しているのがすごくうれしいのです。というのも、私たちの会社のAI開発は超泥臭く、地道だからです。

 AIというと何でもできてカッコイイというイメージが強いかもしれません。その半面、私たちが排泄センサーをどのようにつくったか。実験者たちが介護施設に毎晩通い、入居者におむつを開けさせてもらい、排泄の有無やパターンを何年も記録するという超泥臭い作業でした。そのデータを取ることでAIは初めて学習できる。そんな泥臭くて地道な作業自体が実はカッコイイんだということ。そのスポットライトの当て方がうれしかったのです。

 古田 ロボットだって見た目はきれいにつくっていますが、地道なことこの上ないです。世の中に見せていないだけです。私たちには常にハイテクノロジーで、先端的で、美しくカッコ良く見せなきゃいけないという恐怖心があります。でも、地道なことをあえて見せていくあの漫画、好きだなあ……。

 ――稲垣さん、将来に悩む若者のために何かアドバイスはありませんか。

 稲垣 目標を口に出して言ってしまうとよいかもしれません。例えば「カッコイイ等身大のロボットをつくる」などと言ってしまえば、それが自分の中で法律やルールになります。たとえ困難でも、「だって、自分はそれを目指しているから」と、迷わずにすっと進路選択できる。言霊の力かもしれませんね。

 ■人の助けに、という視点 会議を終えて

 「ロボット」という言葉から連想するのは、ヒューマノイドではないだろうか。特に日本では鉄腕アトムガンダムなど、アニメの影響が大きいはずだ。用途より、まず形の印象が強い。

 だが、古田さんは「現場で使えなければ意味がない」と言い切る。これまで開発してきたのは、電動バイクのような乗り物や、瞬時に地形図を作るドローン。市販されている掃除機にも研究成果が生かされているという。宇井さんが開発した介護用パッドも、利用者にどう役立つかという視点が出発点だ。

 技術で暮らしや社会をより良いものにする――。稲垣さんが原作を手がけた連載漫画「Dr.STONE」の主人公も、そんな信念を持つ。人類の知識が失われた世界で地道な実験を繰り返し、仲間に意義を説いて様々な技術を形にしてゆく。その熱い姿勢は古田さんや宇井さんに重なる。

 一方、ロボットが私たちの暮らしに溶け込むには、高い安全性や普及価格の実現、規制作りといった課題もある。人型だけでなく、様々なロボット開発で世界をリードできるか。情熱的なロボット研究者たちの活躍に期待したい。(高山裕喜)

 <千葉工業大学> 1942年創立。千葉県習志野市の二つのキャンパスに工学部をはじめ5学部と大学院。世界文化に技術で貢献するという建学の精神のもとに約1万人が学ぶ私立工業大学。NASAやJAXAと連携する惑星研究や、原発事故などの災害対応ロボット技術で活躍。米国、フランスベトナムなどの有力大学と交流協定を結ぶ。

 ■朝日教育会議2021

 9の大学と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索しました。これまでに開催したフォーラムの情報や、内容をまとめた記事については、特設サイト(https://aef.asahi.com/2021/別ウインドウで開きます)をご覧ください。すべてのフォーラムで、インターネットによるライブ動画配信を行いました。

 共催大学は次の通りです。大阪公立大学、共立女子大学、創価大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京女子大学、東京理科大学、法政大学早稲田大学(50音順)

 ※本紙面は、ライブ動画配信をもとに再構成しました。

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