(社説)裁判官と弾劾 理のない制裁が招く害

社説

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 国会議員でつくる裁判官訴追委員会が、仙台高裁の岡口基一(きいち)判事に対して訴追の手続きをとってから7カ月が過ぎた。

 ところがその当否を審理する弾劾(だんがい)裁判の日程が定まらない。訴追側と弁護側との厳しい対立をうかがわせる。中ぶらりんの状態が続くなか、法曹界を中心に訴追に対する疑問と懸念が広がっている。

 訴追委は罷免(ひめん)を求める理由の詳細を明らかにせず、「刑事・民事事件の関係者に対するSNSなどの様々な表現行為」が問題になったとしか説明していない。昨年7月29日付で岡口氏の職務を停止する措置もとられていて、制裁は半年前から事実上始まっているともいえる。

 岡口氏は実名でSNSに投稿するなどの活動で知られる。評価される発信の一方で、犯罪被害者遺族に向けられた思慮を欠くものもあり、最高裁から2度の戒告を受けた。本人には改めて猛省を促したい。

 しかし、裁判官弾劾法が定める「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当たるとまでは考え難い。過去に7人が罷免されたが、問われたのは職務上の不正や児童買春、盗撮などで、法曹としてふさわしくないのは明白だった。これに対し、今回は職務外の表現活動が対象で大きな違いがある。

 最高裁が「品位を辱める行状」があったとして戒告はしたものの、罷免は求めていないことも考慮すべき重い事情だ。

 弾劾裁判所は訴追委と同じく国会に置かれ、衆参両院から各7人の議員が出て、裁判官を辞めさせるかどうかを刑事裁判に似た手続きで判断する。不服申し立てはできず、罷免判決を受けると法曹資格を失い、弁護士にもなれない。

 憲法は裁判官の身分を手厚く保障している。それは、個々の裁判官の独立が司法の独立の礎となっているからだ。

 国民の代表からなる国会が罷免の権限を持つのは当然としても、行政府のみならず立法府の活動を、憲法に照らしてチェックするのが裁判官の役割だ。その裁判官が立法府の手で安易に職を追われるようなことがあれば、公正中立な判断は期待できなくなる。弾劾裁判所には、権力分立の精神を踏まえた適切な審理と判決が求められる。

 他の裁判官に与える影響も心配だ。目立つ言動をすると過剰なまでの制裁を受ける、もしくはその危険にさらされるとなれば、おのずと萎縮をもたらす。

 自身の自由や権利を縛られた裁判官が、市民の自由や権利を守ることができるか。三権の相互牽制(けんせい)機能をどう適切に維持するか。そんな問題意識をもって弾劾の行方を見守りたい。

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