(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)「政治オペラ」の構造、切り込んで 山本龍彦

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 先の衆院選以降、野党のあり方に関する議論が熱い。読者からも、「野党は批判ばかり」論に賛同する声、批判ばかり論を批判する声など、多くの意見が寄せられている。ハッとさせられたのは、「政権批判ばかりをクローズアップしてきた報道の責任もあるのではないか」との意見である。なるほど。野党不信、もっというと、野党を不可欠な要素とする議会政治そのものへの不信は、新聞メディアによる政治報道が作り出してきた面もあるのかもしれない。

 私が専門とする憲法学の観点から見ると、野党のあり方、野党と政府との関係性は、国会の統治構造によって強く規定されている。もちろん議員個人の性格にもよるが、審議手続きなど、現在の国会の統治構造上、野党は批判や対決に傾斜せざるをえない事情があるのだ。

 例えば、国会運営に長く関わった元衆院事務局議事部長の白井誠氏は大日本帝国憲法下から形成されてきた、(1)内閣が提出した法案を野党が質疑で追及する「質疑応答型」の審議形式(2)与党事前審査制(法案提出前に与党が法案内容を審査し、承認を与える制度)(3)厳格な党議拘束、という「三位一体の統治構造」が党派を超えた議員間の自由な討論を妨げてきたという。審議は、構造上必然的に、与党多数派の承認を既に得ている法案の、「政府の都合による野党向けの説明会」となるから、野党議員は結論を承知のうえで「批判ぶり」を国民に向けアピールするほかない。また、会期中に議決に至らなかった議案は次の会期に継続しないという「会期不継続の原則」もある。この原則により、与党は会期中の法案成立を急ぎ、野党は会期切れの廃案を狙うという、およそ熟議からはかけ離れた政治が常態化する。

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 こう見ると、実質的で協働的な議員間の「討論」ではなく、硬直的で党派分断的な、さらに言えばショー化した政府・野党間の「対決」が行われるのは、国会が帝国議会だった時代から議事堂の内部で構築されてきた強固な統治構造のためでもあるわけだ。とすれば、仮に立憲民主党が「政策提案型」を取り込もうとしても、「構造」自体を変革しない限り、結局は「対決型」、それも劇場的対立型へと逆戻りする。

 衆参各院と政府による内輪の取り決めや先例などから成る、こうした統治構造は、もちろん日本国憲法には書かれてはいない。しかしそれらは、わが国の議会制民主主義のあり方を根底において拘束してきた実質的な「憲法」といえる。しかしわが国の新聞は、このインフォーマルな「憲法」を明るみに出そうとせず、岩盤化した舞台の上で延々と繰り広げる「政治的オペラ(人間劇)」ばかりを報じてきたのではないだろうか。

 この問いに、坂尻顕吾・政治部長は「国会で日々動いていることを伝える中で『構造』問題に十分なリソースを割くのは難しい」と悩みをにじませた。理解できる。が、「日々動いていること」の多くは「構造」にあらかじめ規定された、結論ありきのオペラではないのか。もちろんそれにも報道価値はある。オペラを好むファンもいよう。しかし、時代劇ばりに同じ結末が繰り返される政治オペラに食傷気味の世代が存在感を増していることも事実である。それが、低投票率や野党不信、政治不信へと連結する。100年以上にわたって形成されてきた強固な議会構造にそろそろ真剣に切り込み、国民的議論の対象にしなければ、議会政治への失望が広がり、議会政治批判を足掛かりに支持を得るポピュリストの台頭を許すことにもなろう。

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 坂尻部長は、事前審査制や党議拘束といった問題にも一定の関心をもって報道してきたと語る。そのとおりだが、それを「憲法」問題として主題的に取り上げてきたかはやはり疑問だ。日本のメディアは、「憲法」を、成文の憲法典(「形式的意味の憲法」)と同一視したうえで、主に9条に焦点を当ててきた。しかし、成文憲法典をめぐる護憲・改憲論に国民の視線が集中する裏側で、政権与党を利する構造が着々と形成されてきたわけだ。確かに憲法典は、衆参各院に議事運営を自ら定める権限を認めるが、主権者国民の監視を逃れる特権まで含むものではない。とすれば、新聞は、この「構造」をわが国の実質憲法として白日の下にさらし、その功罪を主権者国民に直接問うべきだろう。16日に衆院で憲法審査会が開かれたが、まず論じられるべきは、議会審議の空洞化の原因をなす、実質的な「憲法」の問題である。自由に「討論」できる審議構造なくして、緊急事態や安全保障を語ることはできない。

 読者は、政治オペラだけでなく、その演者たちの行動を無意識的にコントロールしている舞台構造を「知る権利」をもつ。野党が、もがき苦しみながらも自己改革しようとしている今、新聞も、「構造」を所与とすることで政治不信に加担してきた責任を自覚し、政治・憲法のとらえ方自体を刷新していかねばならない。

 ◆やまもと・たつひこ 慶応大教授。専門は憲法学、情報法学。現代のプライバシー権をめぐる問題に詳しい。1976年生まれ。

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