走行中の列車の中で、また乗客が無差別に襲われた。今後もいつ、どこで同様の凶行が起きるかわからない。鉄道各社と国土交通省は知見を共有し、様々なケースを想定しながら対策を練って、利用者の安全確保に全力を挙げてほしい。

 東京都調布市を走る京王電鉄の特急電車内で先月31日、刃物を持った男が乗客の男性を刺したうえで、油をまいて火を放った。男性は重体、ほかに16人が救急搬送された。

 殺人未遂容疑で逮捕された24歳の男は、8月に小田急電鉄で起きた乗客刺傷事件を参考に計画を立て、停車駅の間隔が長い特急を選んだという。

 男の行動とともに人々に驚きを与えたのは、最寄り駅に緊急停止した電車のドアが開かず、窓から乗客が次々に逃げ出してゆく映像だった。この対応も含め、駆けつけた警察官が容疑者の身柄を確保するまでの15分間を再現・検証し、教訓を導き出すことが求められる。

 京王や国交省によると、乗客が非常通報ボタンを押して運転士と車掌は異変が起きたのを知った。だが車内はパニック状態になっていて、通話システムを使って話を聞くことはできず、最初は何が起きているのか把握できなかった。

 電車は減速して最寄り駅に着いたが、非常用ドアコックが操作されたため、車両のドアとホームドアとがずれた状態で停車。車掌らはドアを開くと危険だと考え、結果として窓からの脱出が続いたという。

 国交省と鉄道各社が検討し、同様のケースでは「ずれ」があっても開扉することを決めた。思わぬ事態が起きたとき、その場で最適な行動をとるのがいかに困難かを示す話だ。

 こうした事件の発生をいち早く覚知する有効な手段が、車内の防犯カメラだ。だが設置状況は鉄道会社によってまちまちで、今回の車両にはなかった。導入済みの会社は、乗客のプライバシーに配慮し、運行を見守る指令所に限って見られるようにするなどしている。これも適切なルール作りが必要だ。

 相次ぐ事件を受けて国交省は、警備巡回の強化などを改めて各社に要請した。凶行を未然に防ぐ策はもちろん大事だが、不特定多数が利用する鉄道で完全に封じ込めるのは極めて難しい。非常時の対処についてマニュアルを整え、訓練を重ね、乗客にも内容を周知することで被害を抑えたい。

 鉄道会社が対策を迫られるリスクは多岐にわたる。備えるには費用も人手もかかるが、安全運行が最大の使命だという原点に立って、着実に取り組みを進めなければならない。