菅前首相が、日本学術会議が推薦した会員候補6人を任命しなかったことが明らかになってから、1年が過ぎた。

 安倍政権時代の政策に批判的な発言をしたことが原因とみられたが、菅氏は理由を説明しなかった。以来、会議と政府の関係はこじれたままで、その再構築が大きな課題になっている。岸田首相は前政権の過ちを認め、この異常事態に終止符を打たなければならない。

 振り返れば、この問題が菅氏の最初のつまずきだった。

 推薦された者をそのまま任命するという従来の国会答弁を踏みにじり、「総合的、俯瞰(ふかん)的に判断した」と繰り返す。批判が収まらないとみるや問題をすり替え、政府与党一体となって学術会議の改組を唱える――。

 強権的で説明責任を果たさない体質は、その後のコロナ対策をめぐっても表面化した。政治と国民の間に深い溝を刻み、菅氏は退陣に追いこまれた。

 学術会議の梶田隆章会長は先月末に所感を発表。政府のこれまでの対応は受け入れられないと改めて表明し、社会の課題に取り組むためにも任命問題の解決が重要だと述べた。

 自民党総裁選で岸田氏は、各省に「科学技術顧問」を置く考えを示した。感染症対策や気候変動への対処をはじめ、解決困難なテーマが山積するなか、専門家の知見を政策に生かそうとする姿勢は大切なことだ。

 自然科学に限らず、社会・人文科学の蓄積も活用しなければならないが、なかには政権の方針に沿わない見解も当然あるだろう。そうした異論にも耳を傾け、分野や立場の違いを超えた多角的な検討を経た先に、求める答えはある。官邸の力が過度に強まり、官僚の萎縮が進むいま、外部の目が果たす役割は重要さを増している。

 今年のノーベル物理学賞を受ける真鍋淑郎さんは、かつて日本政府の研究プロジェクトを率いた経験がある。受賞が決まった後の会見で「日本は政策決定者と科学者が互いにどうコミュニケーションを取り合うか、もっと考えなければならない」と苦言を呈した。

 朝日新聞は社説で、任命拒否は学術全般への圧力に他ならず、学問の自由を脅かし、民主主義の根幹を揺るがす問題だと繰り返し指摘してきた。総裁選で見解を問われた岸田氏は「人事をひっくり返すことは考えていない」と述べた。それでは、独善に走って失敗した前政権の轍(てつ)を踏むだけだ。

 まず6人を任命して学者らを代表する学術会議との関係を修復し、多様な意見にしっかり耳を傾ける。首相の「聞く力」は本物か、国民は注視している。