ドリトル先生 ガラパゴスを救う:135 福岡伸一 グアヤキルにつく 3

 グアヤキルは、スペインからやってきた人のほか、もともとアンデスに住んでいた先住民の人、それからアフリカから連れて来られて奴隷(どれい)にされていた人、いろいろな民族が寄り集まった活気のある場所でした。建物もスペイン風の石造りの家が多く、道も石畳です。通りを歩くと、食堂からトウモロコシの粉を水で溶いて焼いた香ばしい匂いや、甘いお菓子の香りが漂ってきました。

 私たちは、繁華街(はんかがい)からちょっと裏通りに入ったあたりに、小さな路面の空き物件を見つけました。洋品店かお土産(みやげ)屋さんか、何かそういった小物を売っていたお店の跡地のようでした。

 大家さんは近くに住む、このあたりの地主さんでした。大家さんは片言の英語がわかったので、私は、さっそく交渉に入りました。あの空き物件は、お店をするにはやや奥まった場所なので、あまりはやらず、前のテナント(借り手)はそうそうに撤退(てったい)してしまったのでしょう。

 でも、私たちはむしろちょっと奥まった場所のほうがいい商売を考えています。それに大家さんも、空けておくより、誰かに借りてもらって、少しでも早く賃料(ちんりょう)が入ったほうがいいでしょう。

 私たちは店の中を見せてもらいました。がらんとしていましたが、中間に仕切り板があって、店の路面側と奥側に分けられるようになっていました。

 これはちょうどよいことでした。私は、英国から来たジョン・ドリトル博士の代理人のミスター・トミー・スタビンズとして、大家さんとのあいだに賃貸契約(ちんたいけいやく)を結びました。本来は、このような不動産(ふどうさん)(お店)を借りるときは、部屋代の前払い金を払わないかぎり契約が成立することはないのですが、私は大家さんに特別な提案をすることによって、部屋代は最初の1カ月が終わったあとに支払うことで合意しました。

 こんなことは異例です。けれどもお金がない私たちは、まず商売を軌道(きどう)に乗せてからでないと、部屋代を払うことはできず、商売をするためには部屋が必要なのでした。すべてはオウムのポリネシアの入れ知恵でした。

 ◇福岡伸一さんが登壇する記者サロンを10月23日午後4時から開催します。声優の池澤春菜さんとの対談です。ウェブ(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11005605別ウインドウで開きます)からご応募ください。QRコードからもアクセスできます。