(社説)菅首相1年で退陣へ 対コロナ 国民の信失った末に

社説

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 新型コロナ対応で国民の信を失い、党内の支持も得られなくなった末の退陣である。災害級といわれる感染拡大と医療の逼迫(ひっぱく)が続く中、国民の命と暮らしを守る役割を途中で投げ出す菅首相の責任は極めて重い。

 首相がきのう、自民党総裁選に立候補しない意向を明らかにした。新総裁の選出後、首相を退く。7年8カ月に及んだ安倍長期政権を引き継ぎ、65%の高支持率で船出した首相が、わずか1年でその座を去る。

 ■行き詰まった延命策

 事実上の退陣表明という節目であるにもかかわらず、首相は会見も開かず、記者団に短い説明をしただけで、質問も受け付けなかった。「選挙活動との両立はできない」と、コロナ対策への専念を不出馬の理由にあげたが、その言葉を信じるものは、誰もいまい。

 任期切れ直前の異例の党人事、総裁選を先送りするための衆院解散の検討……。再選が難しくなった首相の延命策が、党内の猛反発を買い、八方ふさがりになったというのが実情だろう。これまで繰り返してきた「コロナ対策が最優先」という言葉に実がないことが、改めて示された。

 首相が就任した昨秋は、緊急事態宣言なしでコロナの第2波を乗り切った後だった。本来なら、第3波が想定された冬に向け、医療や検査体制の充実など、備えを厚くしておくべきだったが、経済活動の再開に軸足を置く首相は「Go To トラベル」の継続にこだわり、感染防止策は後手に回った。

 専門家の懸念や閣僚の進言を無視して、東京五輪パラリンピックを強行したのも、国民的な盛り上がりを背に衆院を解散し、選挙戦の勝利を総裁選の無投票再選につなげたいという思惑からだとみられた。

 この間の内閣支持率の低下、東京都議選やおひざ元の横浜市長選での自民党の敗北は、自らの政治的な利害を優先し、根拠なき楽観論に頼って感染拡大に歯止めをかけられない首相の姿勢が、国民から見透かされた結果に違いない。

 ■政治手法の限界露呈

 菅政治とは何だったのか。

 その本質が端的に表れたのが、政権発足直後の日本学術会議の会員候補6人の任命拒否である。政府に批判的な学者を排除し、その理由をまともに説明することもしない。

 敵と味方を峻別(しゅんべつ)し、人事権を振りかざして従わせる。質問には正面から答えず、説明責任を軽んじ、国会論戦から逃げる。それは、首相が官房長官として支えた安倍前首相時代から続く政権の体質といってもいい。

 さらに、首相の個性が拍車をかける。さまざまな政策判断において、丁寧に関係者の意見を吸い上げるよりも、トップダウンを多用する。異論を退け、自身に都合のいいデータばかりに目を向ける。

 首相の強い指導力が功を奏することもあろうが、こと今回のコロナ対策においては、こうした流儀が大きなマイナスとなったのではないか。

 専門家の科学的な知見はつまみ食いされ、耳の痛い提言は忌避される。官僚は首相の意向を忖度(そんたく)して直言を避け、指示待ちとなる。対策の現場を担う都道府県知事や業界団体などとの意思疎通も円滑とはいかない。

 何より、強制力に頼らず、国民の自発的な協力に多くを負う日本の対策では、幅広い世論の支持と理解が不可欠なのに、首相の言葉が届かない。

 このまま任せて大丈夫か。高まる国民の不満と不信が首相の再選の道を断ったといえる。

 ■自民党の責任も重い

 実質的な「次の首相」選びとなる総裁選の構図は一変した。首相と岸田文雄政調会長の対決が軸とみられていたが、首相の不出馬を受け、河野太郎行政改革相が早速、意欲を示すなど、多くの候補者が競い合う展開も予想される。

 しかし、まず指摘しておかなければならないのは、首相を選び、この1年、政権運営を支えてきた自民党自身にも、重い責任があるということだ。

 安倍氏の突然の辞任を受けた昨年の総裁選で、自民党は党員・党友投票の実施を見送り、主要派閥が雪崩をうって首相を担ぎ上げた。一国のリーダーとしての資質やビジョン、政策の吟味はそっちのけで、勝ち馬に乗ることが優先された。その重いツケが回ってきたともいえる。

 今回の総裁選が、目前に迫る衆院選に向けて不人気な首相を代えるという、単なる看板の掛け替えであってはならない。

 まずは、1年で行き詰まった菅政権の総括から始めねばならない。そのうえで、将来を見据えた、政策中心の真摯(しんし)な論戦が求められる。桜を見る会や森友・加計問題など、安倍前政権が残したウミを取り除くことも、政治への信頼を回復するうえで避けて通れない。

 一方で、コロナ禍は深刻さを増している。その対応が滞ることのないよう、政府・自民党は全力をあげねばならない。

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