(フォーラム)沖縄、復帰50年へ

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 私たちは来年、沖縄の日本復帰50年を迎えます。5月から『復帰50年へ』のワッペンをつけた記事の掲載を始めました。社会全体で議論すべき課題や視点とは。これからメディアが向き合うべきテーマとは。沖縄にとって、日本にとって、復帰とは。歴史的な節目に向けて、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

 ■「アリと象」の不条理、自分事として考えて ジャーナリスト・森口豁(かつ)さん(83)

 沖縄が本土復帰する前の1959年から60年以上、現地取材を続けるジャーナリストの森口豁(かつ)さん(83)=千葉県在住=は、自戒を込めて振り返ります。「復帰後も米軍基地が集中し、いくら沖縄が本土に訴えても変わらない『アリと象』の関係が続いている。その不条理の責任は日本人の一人である自分にもあると思い、取材を続けてきた」

 東京都出身の森口さんが初めて沖縄に渡ったのは、高校卒業後の56年3月。沖縄出身の後輩に誘われ、米軍施政下の沖縄の高校や沖縄戦犠牲者の慰霊碑を訪ねました。

 慰霊碑はゴミが散乱し、空や道を米軍機や車両がわが物顔で行き交う中、交流した地元高校生は「犬(スパイ)がいるかもしれないが、言いたい。僕は日本に戻りたい」と訴えたそうです。

 「米軍の監視が強く、本土メディアも常駐していない『人的鎖国』の時代だった。占領とは何かを知り、責任を痛感した」

 59年から地元の琉球新報の記者として移住。同年6月に本島中部の宮森小学校に米軍機が突っ込み児童ら18人が死亡する事件が起きました。61年に日本テレビの通信員にもなりましたが、米軍による事件事故について「本土メディアの関心は低くニュースにならなかった」と言います。

 ところが65年に佐藤栄作元首相が沖縄を訪れ、本土復帰が現実味を帯びると、東京の上司は「沖縄のニュースは何でもくれ」と求めてきました。復帰後は、5月15日の本土復帰の日や6月23日の慰霊の日などの節目になると本土から取材クルーが集まるようになりました。

 観光地としても注目され、独特な自然や文化を撮っては送る日々。95年の少女暴行事件や翌年の普天間飛行場の返還合意、同飛行場の名護市辺野古への移設に反対する故・翁長雄志知事の誕生など、大きな事件や政局の度に報道は熱を帯びました。

 復帰前に比べれば沖縄への関心は高まったと思う、と森口さん。ただ結果的に「点」の沖縄報道が続き、注目が高まっては引く波のような状態が繰り返されていると感じています。「沖縄は復帰前から『不条理だ』と訴え続けている。『点』ではなく『線』で報道しなければ、沖縄の問題を自分事と考える日本人は出てこない。もどかしくて仕方がない」

 ■「復帰」とは――問う側を映す鏡

 <沖縄の日本復帰についての著作がある地元出版社の編集者・新城和博さん(58)>

 沖縄の日本復帰はなんだったのか? この問いは、問いかける側を映す鏡のようなものだと思っています。この30年ほど、たびたび全国メディアから取材を受けてきましたが、何をどう問いかけるのかによって、その人が沖縄をどう見て、考えているのかが見えるからです。

 復帰20年を迎えた1992年、国の記念事業の目玉として首里城が復元されました。メディアも盛り上がっていて「復帰の話はこれがピークだ」と言われ、僕もそう思っていました。色んな思いはあるけれど、日本に復帰して20年も経ったんだから、今後は復帰について語られることはなくなるんだろうと。

 ところが3年後、米兵による少女暴行事件が発生します。これじゃやっぱりだめなんだと気づかされるんです。事件を契機に、積み重なっていた米軍由来の事件事故への反発は大きなうねりとなり、翌96年、日米両政府は沖縄の基地負担を軽減することに合意します。代表的なのが、宜野湾市にある米軍普天間飛行場の全面返還の約束です。

 そこからはずっと、名護市辺野古での基地建設と絡み、日本政府対沖縄という構図で復帰30年、40年が語られてきました。

 米軍基地、歴史、文化、観光……。復帰を考えるとき、入り口はなんでもいいし、人それぞれだと思います。ヒントは、「復帰後」からみるということじゃないでしょうか。

 例えば、これだけ観光業が成長した。でも、完全失業率が全国最悪レベルなのはなぜなのかを考えれば、米軍統治下でつくられたいびつな産業構造に結びつく。なぜ広大な米軍基地があるのかを考えれば、基地が造られる原点の沖縄戦にたどり着く。沖縄が本土防衛の「捨て石」となった史実からは、沖縄と日本の関係性が見えてくる、といった具合です。

 さて、半世紀を前にしたいま、本土と沖縄の距離は、かつてないほど近くなったと思います。米軍統治下ではパスポートが必要でしたが、今や行き来は自由です。安室奈美恵さんのような全国で活躍するトップアーティストも生まれました。沖縄に住む本土の人もたくさんいますし、逆もあります。

 でも、両者の足元には「溝」があって、近づくほど深くなっていると思うんです。米軍普天間飛行場の移設のために沖縄に新たに基地を造るというのは、25年前に日米が約束した基地負担の軽減から問題がすり替わっています。そのことにどれだけの人が気づいているでしょうか。

 溝があるのがダメ、と言いたいわけではありません。その溝をのぞき込んで、「これはなんだろう」と考えてほしい。そのためのキーワードに、「日本復帰」があるのではないでしょうか。

 ■基地関連の収入、県民所得の5%

 太平洋戦争末期の沖縄戦で始まった米軍占領が終わったのが1972年5月15日。来年で復帰から半世紀ですが、問われてきたのが過重な基地負担と経済自立です。

 米軍占領下で本土から移された負担も含め、全国の米軍専用施設面積の7割が集中する構図は、復帰2年後にできあがり、変わっていません。米軍機の騒音被害や米軍由来の事件・事故は絶えず、近年は環境汚染問題も浮上。一方、基地関連収入が県民総所得に占める割合は、65年度30.4%、復帰時15.5%から、近年は5%程度に縮小しました。1人当たりの県民所得は全国平均の7割にとどまり、子どもの貧困率は全国の2倍近く。経済の柱に成長したのは観光です。観光客数は2018年度に1千万人を突破し、ハワイと肩を並べました。しかし、コロナ禍が直撃。20年度は復帰後最大の減少幅となり、外国人観光客も復帰後初のゼロでした。

 ■福島の状況によく似ている/記事の入り口変えてみては PEの発言から

 「沖縄報道」の現状や課題について、本社パブリックエディター(PE)が担当デスクや那覇総局長らと意見交換しました。PEの主な発言は次の通りです。

 ●地域活動家の小松理虔(りけん)さん 東京電力福島第一原発処理水海洋放出について、福島では漁業者も自治体も反対している。しかし、国は海に流そうとしている。ではなぜ地元の人たちの多くが反対しているのか。複雑な問題が複雑な経緯をたどってきたために、背景がわかりづらく見えにくくなっている。福島に暮らしていると、そうした状況が沖縄とよく似ていると感じる。いま起きている問題が、福島や沖縄だけに特別なことではなく、読者の地元にも起こりうること、自分の身の回りで起きていることに置き換えて考えられるように工夫していくことが大切だ。

 ●作家の高村薫さん 沖縄の記事はいつも注意をして目を通しているが、沖縄戦と米軍基地の存在によって、異常な経験をされた人たちがたくさんいるのが沖縄だと思う。普通の人たちなのに、普通ではない経験をしている。多くの記事は、沖縄戦と米軍基地を入り口にしているが、その結果、読者が沖縄をフラットにとらえるのが難しくなってしまっている。沖縄戦と基地を入り口にしない書き方をすれば、見え方が変わるのではないか。例えば、沖縄の言葉を入り口として、言語学的に日本語との関係性で論じるのはどうか。それをたどっていけば、その言葉が戦争中に日本陸軍にどういう扱いをされたのか、といったことにもつながる。

 ●慶応大法科大学院教授の山本龍彦さん 「こう考えねばならない」という規範的な沖縄像が強く存在してはいないか。記号としての沖縄がメディアを通じて消費され、再生産されている印象だ。これを意識的に排除したとき、見えてくる沖縄とは何か。たとえば、デジタルと沖縄の相性は、といった発想や、基地がなかったら今の沖縄はどうなっていたんだろう、といったことを若い人たちに語ってもらうといった試みも考えられる。

 ●社員PEの小沢香 沖縄・慰霊の日の「平和の詩」を聞き感じたのは、沖縄の日常には、おじいさんやおばあさんが背負ってきた歴史があり、それが若い人の発想にも溶け込んでいるという点。若い人たちに、歴史というものが自分たちの日常生活の中でどう生きているのかを語ってもらうのもいいのではないか。

 ■記者サロン開催します

 復帰50年に向けて、オンラインの記者サロン「いま『沖縄』を考える ~私たちはその日をどう迎えるのか~」を開催します。「本土と沖縄」で共通して考える土台づくりをめざし、朝日新聞は沖縄タイムスとの共同企画を展開していきます。記者サロンはその第1弾。沖縄タイムス社会部長の吉田央さん(46)、学芸部の新垣綾子さん(43)と、朝日新聞那覇総局長の木村司(44)が、沖縄出身のフリーランスライター島袋寛之さん(44)を司会役に語り合います。素朴な疑問から議論します。8月13日(金)午後2時配信で8月末まで視聴可能。参加無料。サイト(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11005190別ウインドウで開きます)=QRコード=からお申し込みください。

 ◆記事を国吉美香、伊藤和行、木村司、グラフィックを野口哲平が担当しました。

 ◇来週25日は「男女別定員は必要か」を掲載します。

 ◇アンケート「オリンピックどう思いますか?」と「『票ハラスメント』を知っていますか?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で実施中です。

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