(取材考記)ゴーン会長へ疑念、職務を全うした紳士 告発の監査役、日産への忠誠と覚悟 大鹿靖明

 日産自動車カルロス・ゴーン会長が東京地検特捜部に逮捕されたきっかけは、一人の監査役が立ち上がったことだった。東京地裁で続く共犯のグレッグ・ケリー被告の法廷を傍聴してわかったのは、そんな舞台裏である。

 監査役の名は今津英敏氏。日産傘下のベンチャー投資会社の実態に疑念を抱き、同社のあるオランダまで調査に出かけた(後に投資資金はゴーン氏の海外不動産購入に充てられていたことがわかる)。同じ頃、ファーストクラスなどに搭乗するゴーン一家が「高い航空券を買わされた」と格安航空券との差額3500万円弱を日産子会社に請求したことを理不尽に思った。公私混同を疑った今津氏は「いくつか兆候があれば、その奥に何かがあると思わざるを得ません」と法廷で証言した。

 今津氏は一見、大それたことをする人物には見えない。九州工業大卒業後に入社し、車体技術部長などを歴任した、まじめで温和な紳士だ。副社長まで昇進後、監査役に転じた。

 監査役は会社法上「取締役の職務の執行を監査する」強い権限を与えられているが、多くの企業は一種の名誉職として扱い、権限を行使した人はまれだ。だが、今津氏は私に「監査役として当然のことをしたまでです」と言った。社内の権力闘争でも、人事に不満があるわけでもない。ゴーン氏が主張するようなクーデターでもない。今津氏に協力した元役員はその動機を「忠誠心」と指摘した。「このままでは日産がおかしくなる。私も今津さんも最後のご奉公のつもりでした」

 監査役制度に詳しい山口利昭弁護士は、形骸化する監査役を「モノ言う監査役」たらしめるには二つの点が欠かせないという。一つは実際にその会社の業務に責任を持ってきた人であること。よそ者の社外監査役では会社の中のことはわからない。そしてもう一つは「覚悟」。「理想は、会社のことを好きな人が覚悟を持つことです」

 日産を愛し、邪心がなく、監査役の職務に忠実。そんな今津氏は検察からすれば格好の告発者だったろう。検事は今津氏に「内部調査を進めて証拠を集めてほしい」とささやいた。さぞ色めいたことと思う。(肩書は当時)

 (東京経済部)