文化庁の長官に作曲家の都倉俊一氏が就任して1カ月半が過ぎた。コロナ禍が浮き彫りにしたこの国の文化行政の貧困と、見え隠れする社会の無理解をどうやって克服し、「文化芸術立国」を実のあるものにするか。手腕が問われる。

 就任直後に3度目の緊急事態宣言が発出され、文化芸術の現場はさらに重い荷を背負わされることになった。業種によって異なる休業要請、文化施設の開館をめぐる国と自治体の対立、関係者への説明不足も重なり、混乱に拍車をかけた。

 こうした事態を再び招かないよう調整に努めるのも、所管官庁の重要な役割だ。

 政府はこれまで、休演などを余儀なくされたアーティストや団体向けに、文化庁の年間予算の1千億円を大きく上回る支援メニューを準備。ライブハウスをはじめ、行政と縁の薄かった分野にも手を差し伸べてきた。

 だが、額が低く、継続的な活動や運営を支えるには程遠い、申請の要件や手続きが実態を踏まえぬ硬直的なもので、支給も遅いといった批判や苦情が絶えない。利用者の声に耳を傾け、改善に取り組む必要がある。

 都倉氏はこの間、首相に支援の充実を直接要請するとともに、組織化されてこなかった業界に、行政との窓口を整えるよう提言してきたという。「あいさつ要員」などと揶揄(やゆ)される長官職だが、経験と知名度を生かし、文化芸術と政治とのつなぎ役を期待したい。

 気がかりな点もある。

 都倉氏は日本音楽著作権協会(JASRAC)の前会長で、3月まで特別顧問を務めた。協会は著作権行政を担う文化庁に指導・監督される立場にあり、また文化庁長官は、著作権者と利用者との間のトラブルに「裁定」を下す権限をもつ。

 両者が利益相反の関係にあるのは明らかだ。公正・公平に疑念を持たれることのないよう、留意して職務に臨んでほしい。

 あいちトリエンナーレの補助金の一部が交付されなかった問題で、都倉氏は政府の措置に理解を示す発言をしている。これも懸念材料のひとつだ。

 この不交付は、表現の自由を脅かし、萎縮や自主規制につながる禁じ手だ。長官には、現場で多様な創作活動に携わる人々が抱く危機感を受け止め、共有することが求められる。

 都倉氏は先週、「文化芸術活動は社会全体の健康や幸福を維持するうえで不可欠」との声明を出した。広く国民に文化芸術の意義を説き、公的支援への理解を深めようとする姿勢は評価できる。定期的に会見を開くなど発信を続け、社会的合意の形成に尽力してもらいたい。