(フォーラム)「人口信仰」からの脱却:2 明るい人口減社会

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 人口が減っていく社会は、必ずしもお先真っ暗ではないんじゃないか――。日ごろ、少子化の危機をあおってばかりいるメディアの一員として反省もあり、この企画を進めてきました。後編では成長、人口、地域を研究する専門家に聞きました。明るい人口減社会ってないですか? 見つけにくいものですか?(松田果穂、近藤康太郎)

 ■終わりつつある近代 法政大学教授(経済学)・水野和夫さん

 ――戦後の日本は2度のベビーブームと高度経済成長がありました。人さえ増えればその分おカネも回って、成長できるということですか?

 逆です。経済成長があってこその人口増だと思います。日本と国土面積が近くて経済的に豊かな国の人口は、ドイツが約8千万。イギリス、フランスが7千万弱。資源が限られた狭い国で1億人を超えると、普通は貧しくなります。

 発展途上国から安く石油燃料を仕入れた先進国が、付加価値をつけた工業製品にして途上国に売って成長する。大ざっぱに言えばそれが近代のからくりです。そのため都市に巨大な工場や人を集中させて、超高速で効率的にモノやおカネを回してきたのです。1億人を超えるまでの日本の人口増は、高度経済成長による特殊な例と言えますね。

 ――とはいえ「成長がない国」って悲しくないですか? もうこの国は終わりって言われているみたいで、特に若い人は怒りそうですが。

 いまは既に社会資本が飽和状態ですよね。例えば日本は人口1人あたりのコンビニの数が多過ぎで、ほんの数分歩いただけで次の店に着いてしまいます。これ以上増えてもコンビニ同士の共食い状態になるだけですよ。身の回りにあるモノだけで生活するには十分で、「今」を楽しめる成熟した社会がもうできあがっています。労働分配率が下がり、格差が広がっているのが問題なのであって、成長がないことじたいは、必ずしも暗いことではないと思います。

 ――経済成長が終わったということは、人口が増える時代も終わったということですか?

 当たり前ですが、地球上の資源と未開拓の市場は有限です。だから成長には限界がある。人口増も、近代の現象だったということ。

 近代というのは、なんでも貨幣価値に換算する時代でした。金持ちが偉い人。時価総額が大きいほどいい企業。大きいこと、速いことが成長のかぎだった。労働―物流―消費を集中させて高スピードで回す。そのおかげでいま、ウイルスも効率よく増殖していますけどね。

 そんな近代システムの寿命が尽きているんじゃないですか。日本とドイツ、フランスで「近代は終わった」宣言のサミットでも開いて、お祝いしないといけないんじゃないかと思っているんです。

 ■他者に寛容な社会へ 歴史人口学者・鬼頭宏さん

 ――少子化が社会問題となって久しいですが、日本はずっと人口増を目指してきたのでしょうか?

 そんなことはまったくありません。第2次ベビーブームの最中、1974年に初めて開かれた「日本人口会議」では、人口爆発による資源の枯渇を危惧し「子どもは2人まで」とする大会宣言が採択されました。当時の新聞の4コマ漫画には、妊婦が白い目で見られる描写もあったほどです。2010年までに人口増を止め、安定した「静止人口」を目指すことにしたのです。だから現状はある意味当時のねらい通りとも言えます。

 ――増えたら増えたで減らそうとしたり、減ったら今度は増やそうとしたり。分裂していますね。

 日本の人口は2000年ごろまで、四つの波で大きく増えてきました。1回目は縄文時代前半で、2回目は水稲耕作が普及した弥生時代から平安時代。次は市場経済が発達した室町時代から江戸時代にかけて。最後の波は19~20世紀の工業化。それぞれ文明システムが転換したんです。

 人口の増減とリンクしているのは食糧とエネルギーです。人口増の近代は、非生物エネルギーの化石燃料の利用で、経済成長を図ってきた。しかし供給量に制限があるうえ、地球環境の悪化を招いた。一方、バイオ燃料や太陽光や風力、潮力なら、地球がある限りは尽きない。成長は望めなくても、人口の静止した社会を安定して営むには十分です。

 ――「人が減る」と困ることはないんでしょうか? どんな社会になるのか、想像がつきません。

 人口が減ると、年齢や性別、障害の有無や国籍にかかわらず、どんな人にも経済活動に参加してもらわなければ、とても社会が立ちゆかなくなる。そうした人たちへのあらゆる差別をなくす方向にいくんじゃないでしょうか。

 親子2世代で同居生活する直系家族制は、江戸時代にできた歴史的産物です。LGBT性的少数者が子供を養育したり、夫婦別姓が進んだり、これまでの家族観に縛られない、フラットで寛容な、自由度の高い環境になっていくと思います。

 いわば明るい人口減少社会です。

 ■「役割」求め田舎回帰 持続可能な地域社会総合研究所所長・藤山浩さん

 ――若者が増えないと困ることってたくさんありますよね。例えば年金制度とか。人口が増えないと、社会が維持できないのでは?

 戦後から高度経済成長期の人口増は、期間限定で成立したものに過ぎません。それを普遍的なものと勘違いし、人口増を前提とした社会の仕組みを作ってしまったということ。環境への負荷を考えても、経済も人口も無限に成長するなんて不可能。持続可能ではない。設計自体が間違っている仕組みに、正しい答えを求めてもむだです。

 ――人が増えなくても困らないためにはどうすればいいのでしょう?

 「大規模・集中・グローバル」という文明の設計原理を見直す。私は「地元の創り直し」を勧めています。地域の中でおカネや資源を回す小さな「循環型社会」を田舎から創ることです。実際、地方の居心地のよさに気付いている人は、もう田園回帰を始めています。過疎化が早くから始まった中国地方から先に、人が戻ってきている。若者の“クラスター(起業の連鎖系)”が起きている場所もあります。そうした地元創りが同時多発的に起き、広域でつながっていくのが理想です。

 ――でも田舎の狭い世界って息苦しくないですか? 成長がない定常社会って、江戸時代のようだし。

 がまんを強いているわけではないし、五人組のように窮屈なつながりを取り戻そうというわけでもありません。じっさい、地方には多角形の生態系があります。草刈りでも水路の管理でも伝統行事でも、1人ではできない。だからこそ、それぞれに役割や活躍の場があります。多くの人が役割を持った多様な「辺」になり、円に近い共生と循環の多角形になる。むしろ、都心のタワーマンションなんか買ってしまってそこで老後を過ごすなんて人を、わたしは心配していますよ。大丈夫なのかな。

 人口増や経済成長そのものが目的ではなく、一人ひとりが幸せで美しい人生を生きることが目標だったはず。多角形の一辺を担ってだれかの役に立つ。それは、自分の存在を確かめることになり、幸せでとても心地良いことではないでしょうか。

 ■人口減、わたしは思う

 ●社会インフラ維持が大事

 そもそも人口減少自体が問題ではなく、人口が減ることで社会インフラや暮らしが維持できなくなることが課題です。コロナのような過密社会の弊害を考えると、量ではなく、質を高め、人口減少をいかにプラスに転じさせられるかが肝要と考えます。(ライター・北埜航太さん)

 ●数ではなく質に目を

 人口数で豊かさを測ろうとする動きは、地方にも根強くあります。一方都心から地方へ移住する人には、「少人数で一人ひとりの個性が尊重される地域」を望む人もいます。数ではなく質に目を向けなければ、地域の幸福な成熟は見込めません。(明星大特任教授・田原洋樹さん)

 ●私は地域の「応援人口」

 地方を応援する事業を立ち上げようと、大学院で経営学を学んでいます。国内は日本人でも知らない魅力的な場所ばかり。特に新潟県糸魚川市は登山、スキーに温泉と観光資源がたくさん。何度も足を運ぶ私は地域の「応援人口」だったと気付きました。(大学院生・新村奈津子さん)

 ■取材後記 松田果穂(25歳)

 中学生の頃、人口が減り始めた。授業では、少子化がいかに怖いか、過疎の村の未来がいかに絶望的か、教えられたのを覚えている。

 日本で一番人口が多い市、横浜で育った。自宅からコンビニまでは歩いて1分。駅では5分で次の電車が来る。新聞記者として地方に赴任して、この便利さや豊かさを手放すのが怖いとさえ思っていた。

 だが、今回の取材で訪れた群馬県南牧村では、私と同世代の若者たちが、移住先の村に完全に溶け込んで暮らしていた。若者はお年寄りの知恵に頼り、お年寄りは若者の元気に頼りながら自然に補い合って生きる。「生態系」がそこにはあった。

 よっぽど生き物らしい。というか、うらやましい。目の前に広がった田舎の景色は、授業で習ったよりも暗いものではなかった。私の中に幸せのモノサシがひとつ、増えた。

 宇宙の中に小さな銀河がいくつも存在するのと同じように、そんな生態系が日本中あちこちにあったら? 私たちの暮らしの選択肢は一つ増える。与えられるんじゃない。自分で選んで飛び込むからこそ愛せる。耕せる。気持ちが良い。それが「豊かさ」なのだ。

 ■取材後記 近藤康太郎(57歳)

 わたしが小学生のとき、授業では「日本は資源が少ないのに、人口が多過ぎる」と教えられていた。公害問題が全国で発生していた時代でもあり、映画「ゴジラ対ヘドラ」は強烈に覚えているな、そう言えば。

 だから政治家の「人口減少は国難」発言やそれに追随する報道に、ずっと違和感をもっていた。予定通りいっただけじゃんよ、と。

 減少し続けて日本人が「消えて」いいのかというヒステリックな反応もある。んなこと、あるわけない。体で分かる。東京・渋谷生まれで仕事場もずっと東京だったが、7年前から九州で百姓や猟師をしている。初めて知ったのが、日本の田舎の豊かさ美しさだ。棚田を耕しているので、とくに山のわき水、森林の恵みには、しぜん頭が下がる。本来、生きやすい「くに」なのだ。人口が減ったら減ったでどこかで必ず止まる。日本消滅、ありえねえから。

 むしろわたしこそ、かつてのわたしのように東京にへばりついている中高年に、地方の魅力をもっと発信するべきだった。耕作放棄地、空き家、有害鳥獣コロナウイルス。日本の問題のかなりが、少しの人口移動で解決する。楽しげに、跳べ。

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