(フォーラム)脱炭素化って?:3 実現の道は

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 日本でも2050年までの温室効果ガス排出の実質ゼロ化が宣言され、政財界が慌ただしく動き始めています。ただ「実質ゼロ」が達成できるのか、現在はまだ懐疑的な意見も。達成までのロードマップは? 私たち市民が行動すべきこととは? 専門家の話や第一線での動きをもとに、脱炭素社会の実現への道を考えます。

 ■科学に基づく工程表を 東京大理事、グローバル・コモンズ・センター・ダイレクター、石井菜穂子さん(62)

 昨年10月の菅義偉首相による「2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ宣言」。その「唐突感」に私はびっくりしました。

 米国は気候変動対策を重んじるバイデン政権へ代わり、国際的には「実質ゼロ」の流れは加速している。日本政府の「宣言」は、待ちに待った「参戦」と海外からは受け止められました。しかし日本では、脱炭素化の国民的議論がそれまで盛り上がっていなかった。だから唐突感が否めなかったのです。

 脱炭素化を進めるには、(1)それがなぜ必要か、(2)どのように行うか、という2点について、社会の共通認識を醸成する必要があります。日本は(1)が不十分です。まずは国民が、気候変動の背景についての科学的な理解を深めることから始めなくてはなりません。

 「天から降ってきた」宣言を受け、産業界や行政は(2)の話に動き出しました。ただ「グリーン成長戦略」を見ても、現状の原発や火力発電、再生可能エネルギーの方向性から逸脱しない範囲の数字合わせ、足りない部分は「将来の技術革新」に期待――。欠けているのは、2050年の脱炭素化に向けて社会や経済のシステム全体をどんな姿に変えるのか、という大きなビジョンです。

 もともと気候変動問題は、現在の経済システムが地球のキャパシティーを逸脱しつつあることから生じています。脱炭素社会への転換は、経済システム全体の転換、すなわち食料システムや都市での住まい方、移動手段、循環型経済などを包括的に考えていく必要があります。例えば食料システムでは、農業からの二酸化炭素排出を減らしつつ、100億人に食事を提供する方策を考える必要がある。エネルギーシステムの話は全体の一部で、それだけを見る議論は本質的ではないのです。

 日本にいま必要なのは、そうした全体を統合的に網羅する、科学的データに裏打ちされた「工程表」です。英国には、政権交代しようとブレグジットが起ころうと、持続性を持って科学的知見に基づく政策提言を政府へ行う独立行政機関「気候変動委員会」があります。こうした、大きな見取り図で社会を脱炭素化へ駆動していく総合司令塔の存在も不可欠だと考えます。(聞き手・藤田さつき)

 ■社会の共有財産増やせ 経済思想家、「人新世の『資本論』」著者、斎藤幸平さん(34)

 人間の経済活動が地球環境を徹底的に破壊する「人新世」と呼ばれる年代に突入した、と言われています。その破滅的な影響の一つが気候変動です。

 菅義偉首相は温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにすると宣言しましたが、その対策が「成長戦略」、つまり産業対策になっているのが気になります。というのも経済成長と二酸化炭素ゼロの両立は不可能だと思うからです。

 無限の利潤を求めて成長し続けなくてはならない資本主義は、地球の資源をひたすら収奪して大量生産、大量消費、大量廃棄の社会をつくるシステムです。それが環境危機の原因である以上、解決策は資本主義の中にはないでしょう。気候変動対策を需要喚起のネタにする「緑の経済成長」路線に切り替えても、自然の破壊は続きます。

 環境保全と経済成長の二兎(にと)を同時に追いかけられない以上、「脱成長」を発想のテーブルにのせるべきです。利潤を生み出すために商品化されてしまった、電気や水、医療、教育といった社会の共有財産を増やすことを提案します。

 マルクスは、こうした誰もが生きるために必要な、社会の共有財産を「コモン」と呼びました。例えば、市民電力や自治体新電力のように、分散型、地域型、市民参加型で管理する。自分たちの町で再生可能エネルギーの電力を作って、電気代を町に払い、その利益を町のためにどう使うのかも、市民のなかで議論する、といったことです。

 気候変動が進めば、いくら経済成長をしても、何億人もの難民が生まれ、食糧危機に陥り、世界秩序も不安定になる。これは豊かさではない。それに普通の人たちにとって、日本の経済成長率と自分の暮らしの豊かさは別物です。

 米ハーバード大学などの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力で本気で立ち上がると、社会が大きく変わります。3.5%の人々がまず飛び出して資本主義の先にあるものを開拓し、いけるぞとなったら一気に社会のシステムが変わっていく。そんな変革を期待しています。

 (聞き手・神田明美)

 ■「RE100」日本も50社 企業

 脱炭素の鍵を握る再生可能エネルギー。つくる側だけでなく、使う側からも普及を促すことが重要です。

 企業が事業で使う電気を100%再生エネにすることを宣言する国際的な取り組み「RE100」。世界の約300社が参加しています。ニコンと日清食品ホールディングス、熊谷組、いちご(不動産業)の4社が1日に加わり、日本企業は50社になりました。米国に次ぐ多さです。

 日本では、中小企業や自治体などが再生エネ100%を目指す「RE Action(アールイー・アクション)」という取り組みもあり、こちらは100団体を超えました。日本で活動する海外のRE100企業の分も含めると、国内の電力消費量の5%近くに上ります。2017年4月に日本で一番早くRE100に参加したリコーの山下良則社長は「日本、世界の2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業への期待はますます高まっている」と言います。

 ただ、喜んでばかりもいられません。日本は工事費が高く、規制などの障壁も多いため、再生エネがコスト高で、「調達が非常に困難な世界市場のひとつ」(RE100年次報告書)。再生エネ100%達成の目標年は世界平均が28年ですが、日本企業の多くは50年だといいます。

 RE100の普及に取り組む日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)は、30年に国内の総発電量に占める再生エネの割合を、現行の政府目標(22~24%)から、50%に引き上げることを提言します。

 JCLP事務局の松尾雄介さんは「グローバルな脱炭素の動きは速く、政策の遅れが日本企業の競争力や投資家の評価を低下させかねない。企業や消費者らが一丸となれる目標をつくってほしい」と話しています。

 (桜井林太郎)

 ■脱炭素地域、拡大目指す 環境省

 「2050年実質ゼロ」を実現するためには、まず30年時点で排出をほぼ半減させていなければいけません。鍵を握る再生可能エネルギーについて、環境省は「いまの日本の電力供給量の最大2倍のポテンシャルがある」と試算しています。

 ただ、再エネ比について、いまの国の計画では現状の2割弱を30年度に22~24%にするレベル。これでは足りません。欧州では再エネが「主力」になりつつあり、スペインイタリアは既に約4割を占めています。

 脱炭素社会を地域で実現していくことも重要です。現在、260以上の自治体が温室効果ガス排出の実質ゼロをめざす「ゼロカーボンシティ」を宣言し、人口規模では1億人に迫っています。環境省は25年までに具体化の先行事例を作り、全国に広げることで30年までに「地域での再エネ倍増」を目指しています。

 個人や街レベルの変化だけでなく、国の政策強化も必要です。その一つとして期待されるのが、二酸化炭素の排出に価格をつけ、削減を促す仕組み「カーボンプライシング」です。既に欧州や中国など多くの国や地域で導入されています。排出した分だけ税がかかる「炭素税」や、事業者にあらかじめ排出量の上限を設定し、超過分や削減分を取引する「排出量取引」などの手法です。最近では、対策が不十分な国からの輸入品に税をかける「国境調整措置」も登場し、欧州で検討が進んでいます。

 日本でも今年、経済産業、環境の両省で議論が始まりました。ただ、産業界には「負担が増える」「成長を阻害する」との反対意見が根強くあり、経済成長に資する制度にできるかがポイントになりそうです。年内に方向性が出る予定です。(戸田政考)

 ■経済成長との両立模索 経産省

 経済産業省は昨年末、「2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロに」という政府目標と経済成長を同時に達成するための計画「グリーン成長戦略」を策定しました。目標では、国内で出る二酸化炭素(CO2)の約4割を占める電力部門で化石燃料を減らして再生可能エネルギーを増やします。運輸・産業部門では動力源を電気や水素に置き換え、それでも減らせない分はCO2の分離・回収・再利用技術などを使って対応するとしています。

 具体的には自動車・蓄電池や水素といった重点14分野を設け、年限付きの数値目標も掲げました。「洋上風力発電の能力を40年に3千万~4500万キロワットまで増やす」「水素の導入量を50年に2千万トン程度に」などで、明確な目標を設けて民間企業に技術開発や行動変容を促すのが狙いです。

 原発は「確立した脱炭素技術」と位置づけ、「可能な限り依存度は低減しつつも、安全性向上を図り、引き続き最大限活用」するとしました。小型炉や核融合などの開発にも取り組む方針です。政府は原発の新設・建て替えを認めていませんが、「脱炭素」を理由に方針転換を図る可能性もあります。伊藤弘毅

 ■2050年では遅すぎる/社会の考え方変える時

 アンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

 ●若者の声に耳を傾けて

 2050年実質ゼロでは遅すぎます。それでは私たちにとっては思考停止と同じなのです。今すぐにでもゼロを達成しないと私たちの未来を守るのは難しいと思います。産業革命以降の地球全体の平均気温の上昇が1.5度に達するまであと10年しかありません。今、地球環境を守るために世界中で行われている若者による運動「Fridays For Future」は私たちにとって出来る最大限の行動です。どうか私たちの声に耳を傾けて欲しいのです。(千葉県・10代女性)

 ●極論より現実解を

 2050年までの約30年間をもって、脱炭素、環境改善につながる方法を政府、企業、個人が模索すべきであって、いきなり全てEV化する、石炭火力を一掃する、といった動きについては懐疑的。安定期な電源供給が確保されて初めて、建設的な議論が出来るはず。極論を発するだけでなく、足元の課題を洗い出して、現実解を模索すべきだ。(愛知県・30代男性)

 ●社会の根本的価値観変えて

 人類は化石燃料を使い過ぎている一方、その事実に気付いていないふりをするか、無視を決め込んでいるようだ。不自由、不都合、不便になると嘆いている間はまだ奈落の底に向かうことになる。社会の根本的価値観を変えていくほかに、人間社会の22世紀いや21世紀後半は無いと思っています。(滋賀県・60代男性)

 ●エネルギー、政府や自治体主導を

 エネルギー分野は政府や自治体など公的組織が主導しないと温暖化対策は進まないだろう。個人の努力には限界がある。一方で、社会の考え方(経済成長してこそ是など)も変換するべき地点に来ているのは確実で、そこはメディアが果たせる役割が大きそうだ。(大阪府・20代女性)

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