違いを超え、共に生きるために 朝日教育会議

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 ■東海大×朝日新聞

 グローバル化が急速に進む現代では、多様な文化的背景を持つ人々との共存が重要だ。東海大学は朝日新聞社と「朝日教育会議2020」を共催。「多様性の時代を生きる」と題し、互いの違いを超えて安心して暮らせる世界を築くための教育の役割について、議論した。

 【東京都港区の東海大学高輪キャンパスで昨年12月5日に開催。インターネットでライブ動画配信された】

 ■基調講演 自分と異なる相手、恐れず声かけて 俳優、サヘル・ローズさん

 「多様性」や「ダイバーシティー」という言葉がよく聞かれるようになりました。しかし、これらの言葉を決してファッション化してはいけません。私の経験を通して、この言葉の本質を考えたいと思います。

 私は4歳の頃に実の親をなくし、7歳までイランの孤児院で過ごしました。8歳で現在の育ての母の養子に。1993年8月に彼女と一緒に来日し、埼玉での暮らしが始まりました。孤児院のテレビで見ていた「おしん」が大好きだった私は「おしんの国に行ける」と、とても楽しみにしていたことを覚えています。

 しかし、実際の日本は、思い描いていた風景とは異なり、戸惑うことも。初めての日本語はなんだか怖く、けんかしているように聞こえました。転入した小学校では、私がただ一人の外国人。友人たちとの間には、コミュニケーションの間違いも起こりました。

 中東ではよく、誰かを呼びかけるとき「チッチッ」と舌打ちをします。私はみんなと友達になりたいばかりに舌打ちをしまくって、周囲を怖がらせてしまった。一方の友人たちも「大丈夫。グッド」の意味で、親指を立てて私に見せてきました。これはイスラム圏では相手を侮辱する表現。どちらにも悪意はないのですが、互いの言葉や文化の違いを知らないということは、大きな壁になりました。

 中学に進むと、いじめを経験します。イラン人による犯罪がたびたびニュースで報じられていた時期で、それを見た同級生から「おまえの親だろう」とからかわれるようになったのです。親をばかにされ、母国をけなされ、私はアイデンティティーを否定されたように感じました。なぜ、報道されるネガティブな部分だけをみて、自分も悪であると判断されなくてはならないの?と、つらい日々を過ごしました。

 外国人、特にアジアや中東、難民として母国を追われてきた人たちへのイメージは、流れてくる一部の情報によって固定されがちです。しかし、生まれ育った環境や抱える事情は、一人ひとり異なります。

 日本に暮らす人だって、大人も子どもも、置かれた状況はそれぞれ違います。生活が苦しくて生きることで精いっぱいの人、学校や会社、社会に居場所がなく孤立している人、助けて欲しいと言い出せない人。いろいろな人がいるでしょう。そうしたダイバーシティーや多様性を理解しようとすること、互いを認め合うことは、日本社会の課題でもあります。

 自分と様子が違う人を見かけたら、自分とは異なるから、と無視するのではなく、ぜひ「どうしたの、大丈夫?」と声をかけてください。今日まで私が日本で暮らしてこられたのも、国も宗教も違う日本の人たちが、そうやって声をかけてくれたおかげです。

 言葉や文化が分からないから間違いが怖い、という気持ちも分かります。でも私に日本語を教えてくれた小学校の校長先生は「間違えてもいい、伝えたい言葉を並べてごらん」と背中を押してくれました。知らないこと、間違えることは、恥ずかしいことではありません。一番良くないのは、無関心でいることなのです。

     *

 1985年生まれ、イラン出身。東海大学卒業。8歳の時に養母と共に来日し、10代で芸能活動を始める。主演映画「冷たい床」でミラノ国際映画祭最優秀主演女優賞。国際人権NGOの活動で親善大使を務めるなど、子どもたちの支援活動にも尽力する。

 ■パネルディスカッション

 パネルディスカッションにはサヘルさんのほか、東海大学教養学部准教授の田辺圭一さんと小坂真理さんが登壇。多様化する社会と共生について、意見を交わした。(進行は中村正史・朝日新聞社教育コーディネーター)

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 ――パネリストのみなさんが海外経験を通じて感じたこと、課題に思ったことは。

 田辺 私は国連の仕事で計6年間、ミャンマーアフガニスタン南スーダンなどに赴きました。例えば腕組みをして相手に敬意を示す習慣を持つ地域の人や、牛が経済的な価値を持ち交渉ごとも牛で解決している部族など、様々な文化、価値観に触れました。

 小坂 私が勤務したドイツの国連事務所は、異なる人種や国籍の人が働いていて、日頃から多様性を尊重し推進する職場でした。それがある時、一人の上司が同僚を前に「息子にガールフレンドができてうれしい、子育ては成功した」と口にし、その場が凍りついたことがありました。恋愛対象は異性であるべきだと決めつけ、その場にいる人たちへの配慮が欠けた発言だったのです。多様性を理解したつもりでいた私も、同僚から指摘されるまでそれに気づかず、大変ショックを受けました。

 サヘル 人との距離や壁から生まれる差別やいじめ、争いは、相手のことが分からないから起こります。私たちは、相手のことが分かったつもりになっているようで、その背景まで見ることを忘れているように思います。「これが普通」といった自分の基準、標準で他者を除外するのではなく、異なる視点や価値観を学びとして吸収して欲しい。他者は自分にとって人生の教科書になります。

 小坂 私の研究分野であるSDGs(持続可能な開発目標)では、多様な人々が暮らす社会で「誰ひとり取り残さない」ことを目標に掲げています。国内でも、育児や介護など「アンペイドワーク(無償の仕事)」に従事する人や持病を持ちながら働く人たちの多くが「生きづらさ」を抱えていることが、少しずつわかってきました。自分とは遠い人への無理解や無関心、当事者が解決すればいいという考え方が根強いからでしょうか。これを乗り越えることが一番の課題だといえるでしょう。

 田辺 多様性が国際的に議論されるようになった背景について紹介します。東西冷戦という勢力構造によって、国家という枠組みが長らく優先されてきました。冷戦が終わり、光が当たるようになったのが、国の中身である一人ひとりの人間に焦点を当てた考え方です。国連でも1994年に初めて「人間の安全保障」という言葉が取り上げられ、現在の多様性を尊重する考え方に結びついていきます。

 また、多様性というと、外に目を向けがちですが、その前にまず、自分をみつめて肯定することが大切だと考えています。自己肯定感を持てると他者を尊重できるようになり、多様性の理解にもつながります。

 小坂 無理解や無関心を乗り越えるには、想像力を働かせることが大切です。いまは情報メディアの技術がそれを補うことも可能になっています。例えば装着することで認知症の症状、妊娠中の胎動を疑似体験できるツールも生まれています。

 ――現在の学生の海外志向の度合いや、東海大学が今後めざすところは。

 田辺 私の所属する教養学部国際学科の学生に関していえば、とても意欲旺盛で、メジャーな国以外への留学例もあります。2022年には国際学部が誕生しますが、理論だけではなくて行動を伴う学びを進めていきます。学生たちは海外研修やインターンシップを経験し、単位も取得できます。一方で国内にも取り組むべき課題は存在します。例えば現在、在日外国人の子どもたちの16%ほどが学校に行っていないという報告が文部科学省から出ています。今後はそういった状況にも目を向け、アクションを起こせる学生が増えて欲しいと思います。

 小坂 SDGsの学びについては、各学生の専門分野に引きつけて各地域の課題について考えるカリキュラムがあります。我々教員は、学生が自分と距離のある問題に対しても考えを及ぼすことができるよう、サポートすることが重要と考えます。

 ――子どもたちの支援活動にも取り組むサヘルさんが、学校の先生たちに期待することは。

 サヘル ぜひ、子どもたちの心の友になって欲しい。先生自身が経験してきたことや傷ついたこと、自分の弱さも示してくれると参考になり、失敗してもいいんだ、と思えるでしょう。

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 たなべ・けいいち 1967年生まれ、神奈川県出身。コロンビア大学国際公共政策大学院修士課程修了。南スーダン、アフガニスタン、イタリア、ミャンマーでの国連勤務などを経て、2018年から現職。平和構築や人間の安全保障、国際開発論が専門。

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 こさか・まり 1979年生まれ、大分県出身。在ドイツ日本大使館、国連の気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局で気候変動分野の業務に従事。慶応義塾大学特任講師を経て、2020年から現職。主な研究分野は、SDGsや気候変動。

 ■プレゼンテーション 国際交流、多様性を理解する道 東海大学長・山田清志さん

 基調講演に続き、東海大学の国際化の取り組みについて、山田清志学長が現状と今後の展望を説明した。

 広い視野を持ち、他国を知ることは、多様性の理解につながります。また学生らが国を越えてふれあい、友人となることは、世界平和に至る道でもあります。

 東海大学では今年度、約1240人の留学生が学んでいます。留学生らを支援する交流拠点を世界各国に構え、特に近年はタイやサウジアラビアアラブ首長国連邦からの留学生を多数受け入れています。

 スポーツを通じた国際交流にも積極的に取り組んできました。世界情勢が不安定な時代でも、民間レベルで独自の交流や連携を重ねることで、世界の平和にわずかでも寄与できたのでは、と考えています。

 2022年には、「国際学部」の新設を予定しています。多様化し、持続可能な発展が求められる社会で、自分だけでなく、周囲の人や社会を豊かにすることのできる人材の育成に努めて参ります。

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 やまだ・きよし 1955年生まれ、北海道出身。早稲田大学法学部卒業。ハワイ東海インターナショナルカレッジ学長、東海大学教養学部教授などを経て、2014年から現職。専門は経済法、消費者法。

 ■まずは相手を知る、そのための学び 会議を終えて

 「多様性(ダイバーシティー)」はどの大学にとっても、最も大事な課題である。多様性がなければ、どんな組織も強くならないし、新しい発想は出てこない。その意味で、東海大学という共通項がなければ交わらなかっただろうサヘル・ローズさんと、国際経験豊かな2人の教員がどんな化学反応を起こすのかに興味があった。

 サヘルさんが冒頭に語った「国際化、グローバル化という言葉をファッション化しない」という言葉には体験に基づく重みがあった。来日して受けたいじめ、イラン人への偏見、欧米と中東への対応の違い。2人の教員からも印象に残る言葉がいくつもあった。「自分の壁が崩れることは視野が広がること」「自分で自分の人生を決められない人たちが世界にはたくさんいる」

 一致したのは相手を知ることの重要性、そのためには学ぶことが大事という認識だ。他者を知ること、自分以外の国を知ること、自分の壁を崩すこと。そこからグローバル化が始まると視聴者も感じたのではないだろうか。

 会場になったのは、高輪キャンパス。東海大学が2022年にキャンパスと学部を再編成する際、国際化の拠点になる所で、象徴的な場所でもあった。

 (中村正史)

 <東海大学> 1943年、静岡県清水市(当時)に開設された航空科学専門学校が前身。創立以来の「文理融合」の教育理念のもと、幅広い視野と柔軟な発想力を持つ人材の育成をめざす。全国のキャンパスに約2万8千人の大学生・院生が在籍。2022年には、国際学部などの新設をはじめとした全学的な改組改編を予定している。

 ■朝日教育会議2020

 10の大学と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。これまでに開催したフォーラムの情報や、内容をまとめた記事については、特設サイト(https://aef.asahi.com/2020/別ウインドウで開きます)をご覧ください。すべてのフォーラムで、インターネットによるライブ動画配信を行います。

 共催大学は次の通りです。共立女子大学、成蹊大学拓殖大学、千葉工業大学、東海大学、東京理科大学、二松学舎大学、法政大学立正大学早稲田大(50音順)

 ※本紙面は、ライブ動画配信をもとに再構成しました。

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