(社説)「1強」の終わり 危機に立ちすくむ強権政治

社説

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 日本は民主主義国だと誰もが言う。では民主主義とは何か、イメージは人ごとに違う。雑誌「暮(くら)しの手帖(てちょう)」の名物編集長、花森安治の場合はこうだ。

 「民主々義の〈民〉は 庶民の民だ ぼくらの暮しを なによりも第一にするということだ」(「一せん(いっせん)五厘の旗」)

 これを「花森流」民主主義と呼ぶなら、「安倍・菅流」民主主義とは似ても似つかぬ。

 ■国会避け議論を嫌う

 例えば、日本学術会議に対する人事介入である。

 科学の目的は何か。真理の探究。そして世界の平和と人々の福祉、つまり「ぼくらの暮し」に資することだ。

 なのに、先の大戦時、科学者は国家の使用人のように戦争遂行に協力させられた。戦後、同じ轍(てつ)は踏むまいと同会議に保障されたのが人事の自律だ。

 これに対し、国家の機関なら四の五の言わずに国家権力に従え、というのが安倍・菅流民主主義だ。国民主権ならぬ、国家先にありき、戦前回帰の「国家主権」とでも言うべきか。

 「現在の政治に対する批判的な意見がたくさんあること」

 評論家の加藤周一は民主主義をそう定義する。(「いま考えなければならないこと」)

 世界を覆うコロナ禍は、あちらを立てればこちらが立たぬ難題を人類に問う。

 感染防止と経済の両立策は。しわ寄せが集まりがちな社会的弱者を支える手立ては。今の財政支出が将来世代の負担となる現実をどう考えるべきか。

 試行錯誤はやむを得まい。限られた時間のなかで、少数意見をも重視する議論によって合意を探る。間違えれば柔軟に修正する。まさに「加藤流」民主主義の力の見せどころだが、安倍、菅両氏は議論を嫌う。

 安倍内閣が2017年、憲法53条に基づく野党の臨時国会召集要求に応じなかったことをめぐり、今年6月の那覇地裁判決は明確にこう指摘した。

 53条に基づく召集には憲法上の義務があり、召集しないのは少数派の国会議員の意見を国会に反映させるという53条の趣旨に沿わない――。

 ■積み重なる「おごり」

 だがこの判決後も、国会審議を忌避する安倍・菅内閣の姿勢は変わらない。たまにしかない首相答弁なのに、菅氏は前任者以上に原稿棒読み、「お答えを差し控える」を連発する。

 言論のない、言論の府の荒涼たる光景が広がる。

 菅首相の原点なのだろう。著書「政治家の覚悟」で何度も強調されるのは、人事権をテコに官僚を操った自身の過去だ。

 「政治が決断したことに、たとえ霞が関が反対意見を持っていようと、動いてもらわなければならない」

 選挙で多数を得た与党政治家がすべてを決める。そんな安倍・菅流民主主義が端的に表れたのは、税金で賄われる「桜を見る会」を、首相の特権のように扱う安倍氏の公私混同だ。

 後援会主催の前夜祭の費用補填(ほてん)をめぐり、安倍氏の秘書が政治資金規正法違反の罪で略式起訴された。氏自身は訴追されなかったが、国民とその代表たる国会に虚偽の説明をくり返した責任は議員辞職にも値する。

 森友・加計疑惑、検察人事への介入、そして「桜」。最長内閣の足元に「多数のおごり」が地層のように積み重なった。

 2020年は安倍氏にとって華々しいレガシー(遺産)に満ちた年になるはずだった。

 習近平(シーチンピン)・中国国家主席を国賓に迎え、東京五輪パラリンピックを成功させ、憲法改正に手をかける。その夢を砕いたのは持病の悪化だけではない。

 「1強」の看板が通じないコロナ禍に立ちすくみ、国民の命と健康、経済と雇用を守る使命を果たせない政権の弱さが目に見えたからではなかったか。

 ■コロナ禍機に転換を

 菅首相に代わっても、コロナ禍への対処は相変わらず鈍く、場当たり的だった。要因に首相の「孤立」が指摘される。

 最長内閣を裏方として仕切った菅氏。その強面(こわもて)が表舞台に立ったいま、「物言えば唇寒し」の空気を政官界に広げ、批判も意見も届かない裸の王様になってはいないか。強権政治の弊害と限界が見て取れる。

 危機の時代に、「間違っても貫く」強権政治は機能しない。「間違ったら正す」民主政治こそ力を発揮しうる。

 菅首相肝いりの「Go To トラベル」は、首相が停止しないと語った3日後に一転、年末年始の全国一斉停止を余儀なくされた。世論の批判に追い詰められた形だが、「過(あやま)ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」と論語は教える。次は、日本学術会議会員に任命しなかった6人を改めて任命してはどうか。

 「ぼくらの暮し」を第一に、「批判的な意見」にこそ耳を。

 国民主権、権力分立、議会中心主義、法治主義など民主政治の基本原則を再起動させる。

 コロナ禍を転換の機会としたい。菅内閣発足3カ月半。いまならまだ、カジは切れる。

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