防衛大臣の「断念」という想定外の結末となった陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画。防衛省のずさんな計画や住民説明会での職員の居眠りなど、数々の不祥事を受けて再調査が進む中での断念だった。朝日新聞でも、国防や外交などの視点から様々な記事が載り、強引に導入を進めようとした国の姿勢や、国防ビジョンの欠如ぶりがあぶり出された。一方で、私には不満も残った。地元の声が読み取れなかったからだ。同様の意見は読者からも寄せられていた。

 現地ではどう報じられたのだろう。秋田と山口の地域面を見て驚いた。充実した記事があったからだ。秋田、山口両総局の共同企画「陸のイージス」。国に翻弄(ほんろう)される地元の声ばかりでなく、演習場と市街地の位置関係を伝える詳細な記事や、記者が独自に作製した地図もある。導入決定時の統合幕僚長や地元町長、気鋭の政治学者へのインタビューもあり、現地記者の切迫感がにじみ出ていた。記事はあったのだ。しかし、全国版には掲載されなかった。

     *

 現地の記者の思いを聞くべく、秋田総局と山口総局に取材した。秋田には実際に足を運び、候補地であった新屋演習場を外から見た。すぐそばに秋田商業高校や小学校があり、住宅街とは驚くべき距離の近さだ。

 秋田総局の杉村和将デスクは、当初から「読者に判断材料を届けるとともに、何が起きているのか記録しなければと考えてきた」という。昨年5月に企画「陸のイージス」を立ち上げ、山口総局の記者と頻繁に情報交換し、両方の地域面で精力的に記事を展開してきた。

 ではなぜ全国版に掲載されなかったのか。杉村デスクは「地方総局が主導して全国版に記事を書くことはハードルが高い。東京とは温度差があった」と語る。地方で大きな出来事があっても、本社のデスクは国政や外交など「大きな視点」で捉えがちだ。地元記者の「小さな視点」で集められた声は、記事の「パーツ」として切り取られてしまう。東京と地方の温度差をいかに埋めるべきか。

 東京本社にも取材した。政治部の東岡徹デスクは「国と地方がぶつかる課題では、現地の声を伝えるだけでなく、遠く離れた読者が『自分ごと』として考えられる切り口が必要だ」という。もっともな指摘だ。

 ただ、読者が「自分ごと」と感じるには、現地の記者の言葉を受け取る東京のデスクがまず「自分ごと」にできなければいけない。私は、東岡デスクが「配備予定地は自衛隊の演習場であり、当初はこれほど反発があると想定していなかった」と語っていたことが気になった。もしかしたら防衛省も政府もそう考えていたのかもしれない。

 昨夏の参院選前、「温度差」を埋めようと、政治部は記者を秋田に送り、総局と合同で取材した。選挙では新屋配備に反対した新顔が自民党の現職を破る波乱の結果に。政治部とともに防衛問題を担当する社会部デスクも、秋田や山口のデスクと意見を交わしたという。地元の切迫感を知る機会はいくつもあったのだ。ようやく今年5~6月に本社と秋田・山口総局はオンラインで会議や勉強会を開いたそうだが、その矢先の計画断念。連携の動きが遅すぎた感は否めない。「もっとデスク同士が声をかけあうべきだった」。東岡デスクは率直に連携不足を口にした。

 問題は、地方総局と本社で互いの問題意識を伝えきれていないことだ。背景には地方取材網の縮小などもあるのだろう。記者もデスクも日々の仕事に忙殺され、交流が減り、ひとつの問題に向き合う時間が奪われている。それでは地方の多様な声は伝わらず、新聞の質を落としてしまうことにもなる。

     *

 必要なのはネットワーク思考だ。既存の「本社―地方」という縦の関係だけでなく、地方同士が横につながるのである。基地や原発、災害復興など、共通課題を持つ総局が取材結果などを共有し、合同で記事を出せたら、多くの読者が地方の課題を「自分ごと」として捉える機会になるはず。総局は今まで以上に踏み込んだ連携で、中央が見落としがちな視点を示してほしい。本社のデスクもまた、総局をサポートしながら、バラバラに見える地方の課題に何が共通しているのかに敏感になってほしい。その先に全国版で示すべき切り口が見つかるはずだ。

 7月初旬、ようやくデジタル版に「陸のイージス」の企画からインタビューが3本掲載された。反響は大きかったそうだ。地方の限られた態勢でも、テーマを絞り、記者が連携することで、全国の読者に届く記事が出せることを示した。ただ、このインタビュー記事、実は5本ある。著名な論者のものが配信され、残りは秋田と山口の地域面にしかない。朝日新聞は「全国紙」である。今のままでは全国に広がる取材網も最先端の会議システムも宝の持ち腐れだ。ネットワークで「自分ごと」を示し、地方のリアルを伝えて欲しい。

 ◆こまつ・りけん 地域活動家。福島県のテレビ局記者などを経て、地元のいわき市を中心に活動。著書「新復興論」で大佛次郎論壇賞受賞。1979年生まれ。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える