(社説)藤井新棋聖 「感想戦」に学びたい

社説

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 将棋の藤井聡太七段が棋聖戦を制し、史上最年少の17歳11カ月でタイトルを手にした。プロ入りも最年少の14歳2カ月で、デビュー戦から29連勝するなど数々の記録を塗り替えてきた。

 新聞を愛読し、「僥倖(ぎょうこう)」「望外」といった言葉を使いこなす高校生棋士が、若者らしさを一番感じさせるのは負けた時だ。投了後に両者が一緒に対局をふり返って、勝因、敗因などを分析する「感想戦」では、何度もため息をつき、うなだれる。

 藤井新棋聖は、多くの有力棋士と同じく、この感想戦を大切にしてきた。

 かつて好きな言葉を聞かれて「感想戦は敗者のためにある」だと答えた。「感想戦という行為自体が他(の世界)では珍しいと思う。感想戦の意義をよく表した言葉かな」

 別の場面で将棋の神様への願い事を尋ねられた際には、「お手合わせを」と応じている。

 双方の言葉から伝わってくるのは、勝ち負けを超えて将棋の本質に迫りたいという思いだ。

 おとといの対局後も、相手の渡辺明棋聖(棋王、王将)と30分ほどの感想戦に臨んだ。

 それぞれの場面で自分が何を考えたのかを語り合い、より良い一手があったのかを共同作業で探究する。人工知能(AI)でもすべてを解明することはできないといわれる将棋の奥深さと、そこに一歩でも近づこうという熱意。悔しい負けを喫したばかりの渡辺棋聖が、ていねいな言葉づかいで19歳下の藤井新棋聖に意見を請うシーンには、胸を打つものがあった。

 日本将棋連盟会長でもある佐藤康光九段は、感想戦での検討について「思いもよらない妙手が出てくると、震えるほど感動することもあった」と著書に記している。敗れて腹が立ち、自身の感想戦を拒否して帰ってしまったことがあるとも明かし、「まったく自己をコントロールできていなかった」と省みる。

 負けたり失敗したりした時、人はしばしば、ただ落ち込む。あるいは、ごまかす、言い訳を考える、忘れようとする。逆にうまくいった時には、都合のいいことだけを記憶に残して、途中の過ちにはふたをする。

 客観的に自分を見つめ直すのはなかなかに難しいが、その機会を与えてくれるのが感想戦といえるだろう。

 感想戦に時間の制限はない。敗者が納得するまで続けるのが常だ。藤井新棋聖も敗戦の経験を幾度も重ね、そこで得たものを次につなげてきた。

 熟慮や対話を通じて自らを相対化する営みが敬遠されがちな現代。将棋界が長い年月をかけて育んできた感想戦の文化から、学ぶべきことは多い。

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