(社説)首相の発信 国民に届いているか

社説

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 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍首相が緊急事態を宣言してから1週間。多くの人々が、これまで当たり前だった日常を失うなか、国民のいのちと暮らしに重い責任を負う首相から、心に届くメッセージがこの間あっただろうか。

 首相はきのうの衆院本会議で、宣言後はじめて、与野党との質疑に応じた。「諸外国と比して我が国の対応が遅かったとの指摘は当たらない」「緊急経済対策欧米諸国に遜色のない支援だ」。しかし、これまでの対処に問題はないと言い募るだけでは、国民の不安に具体的に応えることはできまい。

 首相は宣言当日こそ、記者会見を開き、テレビ番組にも出演して外出自粛の呼びかけなどを行った。しかし、その後は、国民への発信を含め、担当の西村康稔経済再生相に丸投げしているように見える。休業要請をめぐり、難航した東京都との調整が決着した際も「お互いに一致できたことは本当によかった」と感想を述べただけだ。

 緊急事態を宣言しておきながら、都が計画した休業要請には二の足を踏む。一方で、すべての企業に出勤者の7割削減を求め、繁華街の接客を伴う飲食店などの利用自粛要請を全国に広げる。人々の活動をどの程度抑制したいのか、政府の軸足が定まっていない。

 協力を求められる国民の側も戸惑うばかりだ。いずれの方針も政府の対策本部で首相が明らかにした。本来なら、記者会見などで、首相が直接、国民に説明すべきことではないか。

 首相の国民感覚とのズレを如実に示したのが、ミュージシャンの星野源さんの楽曲「うちで踊ろう」とともにSNSに投稿した動画の内容だ。主に若者に向けて、外出自粛を訴えるという意図はわからぬでもない。だが、ソファで愛犬を抱いたり、飲み物を飲んだりしてくつろぐ姿に「何様のつもり」などと批判が集まった。先の見えない生活への不安や自宅にこもるストレスを募らせている人の心情を想像できなかったのだろうか。

 全世帯に布マスクを2枚ずつ配るという施策も同様だ。効果をめぐりさまざまな議論のある布マスク。それも2枚だけ。予算はもっと有効に使ってほしい。それが自然な受け止めだろう。首相周辺の官僚が「国民の不安はパッと消えます」と提案したというのだから、そのズレは目を覆うばかりだ。

 特別措置法に基づく自粛の要請に強制力はない。効果をあげられるかどうかは、国民の自発的な協力にかかっている。人々の心に響き、納得して行動を変えてもらう。成否のカギは政治指導者のことばが握っている。

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