(社説)安倍政権の日本 不信の広がりを恐れる

社説

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 いま、この国の政治の現場では、驚くべきことが立て続けに起きている。

 国会では、東京高検検事長の定年延長をめぐりつじつまの合わない答弁が連発され、「桜を見る会」についての安倍首相の説明にはウソではないかとの疑惑が向けられる。

 いずれの問題でも、政権は適正な手続きをへて行われたことを裏打ちする確かな文書を示せずにいる。説明責任が果たされていないから、野党も同じことを重ねて追及せざるをえない。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止策では、全国の小中高校などの一斉休校の要請が、関係省庁間の周到な準備もないまま唐突に首相から発せられた。

 ■立法権を不当に奪う

 こうした光景を見せつけられるにつけ、この7年あまりの安倍政権のもと、日本の統治の秩序は無残なまでに破壊されたと言わざるを得ない。

 検事長の定年問題では、延長を可能にした法解釈の変更をいつ決めたのかという野党からの問いに、政府が説得力をもって答えることができていない。

 もちろん、政府内の手続きが森雅子法相らの答弁通りだったのか、定年延長が検察の独立をおかすおそれはないのかという疑問は究明されるべきだ。

 ただ、より本質的な問題は、政府による今回の恣意(しい)的といえる解釈変更が、唯一の立法機関憲法41条が定める国会の権限を政府が不当に奪ったということだ。「立法権の簒奪(さんだつ)」に他ならない。

 三権分立の原則を壊す極めて重大な問題である。

 検察官の定年は、1947年に施行された検察庁法に明記されている。これに加え、公務員の定年延長を盛り込んだ国家公務員法改正案が審議された81年の国会では、当時の人事院の局長が、定年延長は「検察官には適用されない」と明確に答弁し、議事録に残っている。

 検察官は一般職国家公務員だが、政治家の権力犯罪をも捜査し、起訴する強力な権限を持つ。戦後間もなくから政府は「検察官の任免については一般の公務員とは取り扱いを異にすべきもの」との見解を明らかにし、公務員の定年延長が認められてからも30年以上、検察庁法に従った扱いを続けてきた。

 ■行政監視への否定

 法によって決められたことを改めるには、国会での議論と議決をへて、法そのものを改める。議会制民主主義では当然の筋道だ。法には解釈の幅があるにせよ、政府の時々の都合で勝手に変えられるなら、立法府は不要となる。

 「桜を見る会」をめぐる首相の答弁ぶり、そして質問者に対するヤジも、決して看過できない憲法上の問題をはらむ。

 憲法63条は、国会から答弁や説明を求められた際には、首相や閣僚に国会に出席する義務を課している。条文には書かれていないが、誠実に答弁しなければならないのは当然だ。

 首相は衆院での代表質問で、疑惑追及には「誠実に対応する」と答えている。だが、予算委での説明内容は、虚偽との疑いを抱かせるに十分だ。

 首相はまた、予算委で立憲民主党議員の質問に「意味のない質問だよ」とヤジを飛ばした。後日の委員会で「不規則な発言をしたことをおわびします」との原稿を読み上げたが、これも問題の本質をそらしている。

 謝るべきは閣僚席からの「不規則発言」という外形的な行為ではない。行政監視の手段としての議員の質問を「意味がない」と否定したことだ。

 ■国民に向き合う責任

 通算在任で憲政史上最長となった安倍政権は、統治の秩序をやり放題に壊してきた。その傷口から流れ続ける「うみ」が、いまの政治には満ちている。

 「憲法を変えない限り集団的自衛権は行使できない」との歴代内閣の9条解釈を、一方的に変更したこと。森友学園への国有地売却で不透明な値引きをし、それを取り繕うために財務省職員が公文書改ざんに手を染めたこと。いずれも、終わった問題ではない。

 政権中枢が法治国家では当然の手続きを無視するから、その意を忖度(そんたく)する公務員らが後始末に翻弄(ほんろう)される。まさに「組織は頭から腐る」を地で行っているのではないか。

 そうした中で突然、発せられたのが全国一斉の休校要請だ。

 目に見えない未知のウイルスへの不安に加え、自らの生活にかかわる具体的な不安が、一気に全国へと広がった。首相はおとといの記者会見で「断腸の思い」と述べたが、「なぜ全国一斉なのか」という肝心な点の説明はなかった。

 安倍政権が破壊してきたのは、統治の秩序だけではない。国民の政治への信頼もまた、大きく損なわれた。

 ウイルス対応をこの政権に任せて大丈夫なのか、国民に行き過ぎた不便や犠牲を押しつけはしないか――。首相には、こうした新たな不信の広がりを食い止める責任が加わった。

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