(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)多様性、ゼロから考えた 河野通和

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 昨年秋に行われた「あすへの報道審議会」(2019年11月19日付朝刊に掲載)のテーマは「多民社会 共生の道は」でした。議論も非常に刺激的でしたが、出席者の1人であった大島隆さん(政治部次長)の著書『芝園団地に住んでいます――住民の半分が外国人になったとき何が起きるか』を、その後興味深く読みました。記者自らが“現場”(埼玉県川口市の芝園団地)に住んで、団地住民のいまや過半数を占める外国人(大半は中国人)と、日本人住民との間でどのような摩擦や感情的な「もやもや」が生じるか――。生活者であり、また観察者でもあるという視点から、実態を丁寧に描いたリポートでした。

 6カ国、15人の外国出身選手がいた日本代表が初のベスト8入りを果たし、国中を沸かせたラグビー・ワールドカップ。その興奮も相まって、この国の“多文化共生”は「桜」のジャージーの「ワンチーム」が今後の貴重なモデルになる、という期待が表明されました。しかし、目標が明確なスポーツと違い、文化背景も価値観もまったく異なる多様な人々を社会的に包摂することは容易なわざではありません。変化のスピードと私たちの意識のギャップは依然大きく、異質な人々が交わりながら融和していくには知恵と時間が必要です。

 その意味で、オリンピックイヤーの新年企画としてオピニオン面で展開された「多様性って何だ?」の6回シリーズはたいへん読み応えがありました。初回に登場したブレイディみかこさんが常々言うように、多様性は「うんざりするほど大変だし、めんどくさい」のが現実です。それでも、その「楽じゃない」多様性がなぜ「いい」のか。腑(ふ)に落ちるまで一度ゼロベースで見直そうではないか、という明確な視点が感じられました。

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 担当したオピニオン面のメンバーを取材し、まず起案者の中島鉄郎さん、藤田さつきさんに話を聞きました。「均質性が高く、効率重視の日本社会と多様性というのははたしてなじむのか。企業がダイバーシティーをうたうのも、イノベーションが生まれやすいとか、より利益を上げるためであって、多様性が都合のいいドグマ(教義)になってはいないかなど、いろいろな論点が浮かびました」

 この特集には読者も敏感に反応しています。「自分が何となく感じてはいたがぼんやりしていたことが……明確に言語化されていて、線を引きながらじっくりと読んだ」(30代女性)、「今まで黙っていた人の胸の内を聞くことができたのは、多様性について論じる土壌があってこそ。苦しくても議論を重ねていくことを望みたい」(40代女性)、「外国人を必要としている国は世界中にたくさんあり、日本もその一つとして選別される時代へと変化している。単なる労働力としてでなく、彼らが暮らしやすく、かつ将来にわたって継続して生活できるような、社会と国の意識と受け入れ態勢の早急な整備が望まれる」(60代男性)など。

 企画の成功は登場した論者のバラエティーにもあったと思います。生物学者の福岡伸一さん、作家の乙武洋匡さんや真山仁さん、アニメプロデューサーの柳川あかりさんらが、生物多様性、障害者、多文化共生、ジェンダーといった切り口で、この問題に光を当てました。

 最終回は「気持ちよさという罪」のエッセーを寄稿した作家の村田沙耶香さんです。芥川賞受賞作の『コンビニ人間』では、自らの「異物性」を進んで放棄し、マニュアル厳守のコンビニ店員に過剰なまでに自身を適応させる主人公をコミカルに描きました。同調圧力が高まっているこの時代に、常識を疑い、多数派の「ふつう」を揺るがす村田さんのエッセーは、デジタル版でも圧倒的に読まれました。「クレージーさやか」というメディアによる村田さんのキャラ化が、体のいい「異物の排除」――「安全な場所から異物をキャラクター化して安心するという形の、受容に見せかけたラベリングであり、排除なのだ、と気が付いた」――という村田さんの率直な発言が、「おそらく、いま生きづらさを感じている人たちに広く届いたのではないか」と、担当した尾沢智史さんは語ってくれました。

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 さて、オピニオン面チームの話の中でふともらされたのは「朝日新聞の社員というのも、実は均質的で……」という自嘲気味のひと言です。そうなのか……。世襲議員が多く、男性偏重の政界ほどではないにせよ、多様性は、それを論じるメディア自身にも求められます。社内における働き手、働き方、そしてコンテンツの多様性を拡充することで、ブレイディさんのいうエンパシー(他者の立場を想像し、理解しようとする知的な共感力)をより高め、世の中の微細な変化に対する感度を磨き、「小さな話を通じて大きな話を書く」(大島さん)ジャーナリズムにますます挑んでほしいと思います。

 ◆こうの・みちかず ほぼ日の学校長、編集者。1953年生まれ。「婦人公論」「中央公論」「考える人」の元編集長。

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