電車の中で新聞を広げる人を見なくなりました。新聞を購読する学生は、私の知るかぎり100人に1人いません。この前、30代の知人女性に「この大きさ、扱いにくくて、ありえない」と新聞紙のサイズを問題視されました。小さい頃から新聞といえばこのサイズ、とあたりまえに思っていた私には衝撃でした。

 朝日新聞社は今年、自前の印刷工場を1カ所閉鎖しました。販売所は減っています。夕刊配達地域も減少しています。紙は運ぶ必要があります。部数の減少は、印刷・輸送に携わる人たちの仕事に直結します。

 変化は紙面にも表れます。今年4月、夕刊が大幅にリニューアルされ、読みものとしての性格を強めました。読者からは「以前の構成に戻してほしい」(千葉・男性)といった声も届いていますが、背景には部数減から生じる状況の厳しさもあります。夕刊リニューアルの要因は、「ニュース報道に注力するデジタルや朝刊との性格分けが大きい」(佐古浩敏ゼネラルエディター)のですが、「会社としての足腰」も部分的には影響しています。

 新聞は新聞社という組織が作るもの。日々手にする紙面の後ろには、新聞社の印刷や輸送部門、販売網があります。組織の体力が奪われていけば取材から配達までの全過程のどこかに影響が表れます。そして全過程が緻密(ちみつ)に隙間なく組み上げられていれば、一部の変更は全体に波及します。印刷工場閉鎖と夕刊リニューアルは別々の事象に見えて、部数減という根っこでつながっています。

     *

 今後、さらなる部数減少とともに会社の足腰にもさらに影響が出るでしょう。いつどこで事件や災害が起こっても、ただちに現場に駆けつける全国規模の自前の取材網も、いつまで維持できるでしょうか。誰でも発信できるツイッターがあるから、ニュースや情報の入手は大丈夫と言う人もいますが、情報の信頼性には不安が残ります。新聞の部数減少はひとり新聞社だけの問題でなく、私たちの知る権利にも関係します。

 多くの新聞社同様、朝日新聞社もその環境変化に「デジタル化」と「総合化」、つまり新たなメディア展開や多角的な事業開発で対応しようとしています。朝の通勤時間帯、人々が見るのはスマホです。多くの人はプラットフォーム機能を持つヤフーなどのサイトで、情報の出どころをあまり気にせず、横並びで出てくる一つひとつのニュースに接します。そこで読まれ、朝日のサイトを訪れてくれるよう「朝の情報配信に力を入れています」と佐古さんは語ります。「デジタル化」で朝早い勤務が増える一方、夜の締め切りはこれまでより早くなるなど、記者の働き方にも影響が及んでいます。

 「総合化」は、朝日新聞以外の商品開発です。「朝日新聞」以外の売り物が、主にインターネット上に増えています。それらには「朝日」の名前はついていません。ウェブメディアの「telling,(テリング)」「sippo(シッポ)」となれば、もう朝日新聞社との関連性に気づくことさえ難しい。朝日新聞社の主力商品が「朝日新聞」ではなくなる可能性もゼロではありません。

     *

 これから、朝日新聞社は何を守り、何を攻めるのでしょう。佐古さんは、朝日新聞の編集責任者として「紙の部数維持が守り、デジタルが攻め」と表現しました。「デジタルも含めた朝日新聞という商品が守り、他のメディア商品が攻め」と考える社員もいるかもしれません。

 いずれにしろ、その際に問われるのは「軸」です。軸がなければ、何を守り、何を攻めるのか、何を取り、何を捨てるのかが定まりません。とりわけ難しいのが捨てること。軸がないと、気づかぬうちに大事なものを捨てていた、と取り返しがつかなくなってから気づくことがあります。

 パブリックエディター制度が創設された2015年、朝日新聞社は「ともに考え、ともにつくるメディア」という軸を立てました。5年目に入り、最近、私はよく朝日新聞社員に「『朝日らしさ』とは何ですか?」と聞きます。難しい問いです。答えを聞きたいわけではなく、軸をめぐる思考と思索を聞きたいのですが、そこで「ともに考え、ともにつくるメディア」に言及した社員にはまだ出会えていません。

 会社としての足腰、デジタル化によって変わる働き方・文体、他のメディア展開、軸……。いずれも自分には関係ないと感じる読者もいるでしょう。しかし印刷工場の閉鎖が夕刊リニューアルと根はつながっているように、これらすべては私たちの手に届く情報の質と量にも関わっています。

 本コラムのタイトルは「新聞と読者のあいだで」です。「あいだ」に立つ通訳が「ともに」のコミュニケーションを可能にするように、このコラムが新聞社の未来と私たちの未来を重ね合わせて考える一助になれば幸いです。

 ◆ゆあさ・まこと 社会活動家、東京大学特任教授。1969年生まれ。こども食堂の普及啓発に取り組む。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える