■東洋英和女学院大×朝日新聞

 朝日新聞社が14の大学・法人と協力して展開する大型教育フォーラム「朝日教育会議2019」がスタートした。第1回は、東洋英和女学院創立135周年、大学開学30周年を迎えた東洋英和女学院大学。「教育格差を超えて未来をつくる」をテーマに、女性であることや経済的に不利であることを理由に夢を諦めることのない社会を実現するために教育ができることを議論した。

 【東京都港区のベルサール六本木グランドコンファレンスセンターで9月7日に開催】

 ■基調講演 曲がり角の先、信じ歩いた花子のように 脚本家・中園ミホさん

 東洋英和女学院OGの一人に、「赤毛のアン」の翻訳者・村岡花子(1893~1968)がいる。基調講演では、花子を主人公にしたNHK連続テレビ小説「花子とアン」(2014年放送)の脚本を書いた中園ミホさんが、脚本に込めた思いなどを語った。

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 「花子とアン」の原作は、花子のお孫さんの村岡恵理さんが書かれた「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」です。演出家に薦められて読み始めると、自分は村岡花子について何も知らなかったのだと驚くばかりでした。明治の時代、東洋英和女学校を出て翻訳家になったのだから、恵まれた家に生まれ、最高の教育を受けたお嬢様だろう。勝手にそう思っていましたが、実際はまるで違ったのです。

 花子は貧しい行商の家に、8人きょうだいの長女として生まれました。東洋英和には学費免除の給費生として入り、血のにじむような努力をして「村岡花子」になったのです。半分ほど読んだときには「逆境を次々に乗り越え、自分の力で人生を切り開いた花子のドラマを書こう」と思いました。

 決定的だったのは、「赤毛のアン」の有名な一節です。花子は次のように原文を訳しています。

 「曲り角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの」

 花子がこの言葉を訳したのは、第2次世界大戦のまっただ中です。先の見えない時代に、このメッセージを日本中の子どもたちに伝えたかったのではないか。そう思いました。

 この言葉に強くひかれたのは、ドラマの企画を考えるときにいつも思い出す人たちがいたからでもあります。それは、07年放送の「ハケンの品格」を書くために取材した派遣社員の女性たちです。

 書くにあたって私は、彼女たちの本音が聞けるまでしつこく取材を続けました。中には正社員のセクハラを拒み職を失った人もいました。間違ったことを間違っていると言えない。だから正社員も派遣社員の気持ちが分からない。セクハラの問題に限らず、こうしたことは職場全体で起きていて、彼女たちの大変さを知りました。

 彼女たちは出世できません。明日、首を切られるかもしれない。年金だって払った分戻ってくるか分からないのに、自分で払わないといけない。それでも一生懸命おしゃれして、ニコニコけなげに働く。彼女たちとは今も定期的に飲み会をしていますが、派遣社員の立場は一向に良くなっていません。叫び出しそうな不安の中にいる彼女たちのような人に、朝から元気になってほしいと思いました。そんな私の「触覚」にふれたのが「曲り角をまがったさきに……」という言葉でした。

 真っすぐに見通せる舗装された道を歩いていると思ったら、社会が変わったり、親が亡くなったり、急に獣道みたいなところに入らなきゃいけないことって、誰の人生にも起きると思うんです。そういうときこそ「その先に一番良いものがあるはず」と必死に信じて歩いていける勇気やしなやかさを持ち続けてほしい。

 村岡花子の人生には、そんな力強いメッセージがいっぱいあふれていました。

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 なかぞの・みほ 東京都出身。広告会社勤務、占師などを経て脚本家に。「ハケンの品格」で放送文化基金賞、「はつ恋」「ドクターX 外科医・大門未知子」で向田邦子賞を受賞。10月からは「ドクターX」最新シリーズがオンエア。

 ■パネルディスカッション

 基調講演に続いて中園さんと、東洋英和女学院大学教授の佐藤智美さん、認定NPO法人「カタリバ」代表理事の今村久美さんが、教育格差をテーマにパネルディスカッションを行った。(進行は木之本敬介・朝日新聞社就活コーディネーター)

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 ――まずは「教育格差の現状と課題」から。討論より参加した2人に「格差」の現状を紹介して欲しい。

 今村 大学卒業と同時に認定NPO法人「カタリバ」をつくった。どんな環境で育った子どもも、未来に夢が描ける社会になるべきだと考え活動している。

 今年の夏休み、カタリバに通う子どもたちで東京・浅草の遊園地に行った。外出に親の承諾書が必要だが、ある女の子が「母親に会えないため出せない」と言ってきた。夜は仕事で不在、朝は寝ているといい、電話したら「私は忙しくて大変なんだ」と怒鳴られた。結果的に当日朝に承諾してもらえたが、ささいなことが子どもの機会を奪う。また、給食のない夏休みは生命のリスクに直結する家庭もある。地域に協力を仰ぎ、昼と夜の食事を提供している。

 佐藤 カナダ・オンタリオ州の貧困対策をウォッチしている。低所得コミュニティーの子どもたちを支援するNPOの取り組みに刺激を受け、学内で「花子プロジェクト」=キーワード=を発案し実践している。

 多くの先進国が、相対的貧困率に加え「剥奪(はくだつ)指標」をつくり、子どもの貧困を調べている。「子どもの寝室があるか」「サイズに合った靴があるか」など、生活に必要とされるものの充足度によって生活水準を捉えようとするものだ。日本には、貧困は自己責任という声があるが、「昔は皆、貧しかったよね」という時代と、現代の「見えにくい貧困」とを同列には語れないだろう。

 中園 朝ドラ視聴層は年配の方も多く、「花子は貧しくない、私も同じだった」とおっしゃる方もいる。ただ昔は、貧しくてもみんなで銭湯に行くなどして、孤独とは無縁だった。今は満足にお風呂にも入れない子が孤立している。そんな子をどうやって見つけたらいいのか、難しい問題だ。

 ――次に、教育格差を是正する取り組みについて。「花子プロジェクト」の狙いは。

 佐藤 (制度を解説した上で)児童養護施設には様々な事情で親と暮らせない子どもが入所し、親に頼れない。彼女らの自立をサポートするのが目的だ。施設の子どもは「両親ともいる」もしくは「片方の親はいる」のが圧倒的。9割以上が高校には進学するが、大学進学は11~12%に下がる。入学金免除や授業料半額免除では中途半端で、4年間の費用すべてを免除すべきだと考えた。また、住宅補助費の5万円は、施設から退所したときに子どもが困る住居の問題への対応だ。該当する学生たちには、入学が決まったら、まず村岡恵理さんの著作「アンのゆりかご―村岡花子の生涯」の読書感想文を課題としている。「あなたたちの支援の原点はここにある」と。

 中園 花子は東洋英和に在籍時、皆で孤児院にボランティアに行っている。貧しい環境であっても夢見ることの大切さを生涯考えていた方なのではないか。

 ――カタリバの取り組みも。

 今村 東京都足立区からの委託を受け、10代のための場所を2カ所開設している。足立区は、治安対策、子どもの学力、健康、貧困の連鎖断絶という四つのコンセプトで政策を試み、その一環として中高生に支援を行っている。本来、家族が娯楽として提供する経験や、学習塾が補う学習支援を、「第3の家」というコンセプトで提供している。親や先生などタテでもなく、友人などヨコの関係でもない。ナナメの関係が大事だ。多くの年上の人たちと交流し、「こんな大人になりたい」と思えたり、悩みがあったら言えたりするような関係を築かせたい。

 ――続いて「教育格差を超えて女性が自立して働くには」。「ハケンの品格」放送から10年以上経過し、働く女性たちの状況はどうなっていると思うか。

 中園 ますます大変なことになっている。結婚しても、パートナーも非正規で育児休暇が取れない。だから子どもを産めない。親の介護問題も起きる。働く女性がより生きづらい世の中になっていると感じる。「ドクターX」の取材で驚いたのは、大学病院では、せっかく育てた人材が出産・育児で現場から離れると戦力にならないから女性の雇用を渋るという意見を聞いたことだ。安心して子どもを産み、子育てしながら働ける社会にするべきなのに。

 ――「花子プロジェクト」の学生の進路はどうか。

 佐藤 学生に「大学に来て何が大変か」と聞くと、「就活が大変です」。就活中はアルバイトができない。交通費がかかるし、スーツや靴も必要だ。ある学生が「高卒での就職を考えていた頃、スポーツ用品店の店員になるつもりだった」と言った際、「それなら、スポーツ用品を作るメーカーに就職するという選択肢を加えてみたら」と助言した。このようにして人生の選択の幅を広げていけたらと思う。キャリアセンターの力も借りていく。

 ――最後のテーマは「教育格差を超えるにはどうする?」。今回の消費税アップ分は幼保無償化や高等教育無償化に使われる。

 佐藤 高所得層も含めた無償化だと「払う必要がなくなった分、ピアノやスイミングなどに使える」となり、さらなる格差につながる。それよりも待機児童を減らし、働きたいのに働けない女性たちへの支援に回すべきだ。また、給食の無償化こそ実現して欲しい。どの子どもも安心して給食を食べられるように。

 今村 NPOへの支援もお願いしたい。現場で必要なことを判断し、特定の分野を実践する団体が増えた。寄付控除も受けられる。私たちも良い仕事をして返そうと思う。

 ――村岡花子には「夢」というキーワードがあった。夢を実現できる教育をするには。

 中園 花子は裕福な家庭で育ったわけではないが、幸運にも東洋英和女学校で教師や仲間と共に過ごすことで、先が見えない時代に夢や希望を持つことの大切さを感じ、後に「赤毛のアン」を日本中に広めた。将来が見えずに不安を感じている人が多い今こそ、花子の思いを受け継ぎ、子どもたちが夢や希望を持てる環境を社会全体で作っていかなければ、と強く思う。

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 さとう・さとみ 東洋英和女学院大教授 専門は教育社会学。2003年東洋英和女学院大学人間科学部着任。家庭環境が子どもの学力に及ぼす影響を主な研究テーマとする。近年は、カナダ・オンタリオ州の低所得コミュニティーの子どもの学習・進学機会の保障とその支援活動をしているNPOについて研究している。

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 いまむら・くみ カタリバ代表理事 2001年NPOカタリバを設立。社会の変化に応じて様々な教育活動に取り組む。ハタチ基金代表理事。地域・教育魅力化PF理事。中央教育審議会委員。東京オリ・パラ競技大会組織委員会文化・教育委員会委員。

 ■学生の視野や選択肢、広げる大切さを痛感 会議を終えて

 「花子プロジェクト」を立ち上げた佐藤先生、地道な子ども支援を長年続ける今村さん、徹底した取材を元に理不尽な境遇にある女性にエールを送る中園さん――。格差社会にあらがってきた3人の話には、「現場」を知る者だけが語れる説得力があった。

 印象に残った一つが「スポーツ用品店の店員になるつもりだった」学生の話だ。児童養護施設出身者には「将来、施設職員になりたいという学生が少なくない」という。「一番身近な将来のロールモデル」だからで、多様な選択肢に出会う機会がないことの裏返しでもある。

 就活生向けの業界研究講座で私が強調するのは、いかに視野を広げるか。世の中には学生が知らない仕事、会社がたくさんあるからだ。

 大学進学率が5割を超え、希望者は進学できる「大学全入時代」なのに、児童養護施設出身者は十数%。親の年収が200万円以下だと3割未満という調査結果もある。「大学進学を希望できる」というスタートラインに全員を立たせたいと痛切に感じた。

 熱心に聴き入っていた参加者のアンケートでは「教育格差は社会全体の問題だと認識した」「自分にできることを考えたい」との声が目立った。地域での関わりでも、NPOを通じてでもいい。支援の輪を広げたい。(木之本敬介)

 ◆キーワード

 <村岡花子記念給費奨学生(花子プロジェクト)> 「児童養護施設出身の子どもたちの社会・経済的な自立を目指し、困難な状況を再生産しない」という信念のもと、施設から高校へ通う女子生徒を対象にして人間科学部人間科学科の4年間の学納金が免除される推薦入試制度。2017年度に創設された。毎年2人までの高校生が大学進学の機会を得て、それぞれの夢実現に向けて学んでいる。村岡花子の遺志に基づき、村岡家からは翻訳書印税がこのプロジェクトのために寄付されている。

 <東洋英和女学院大学>

 東洋英和女学院は、カナダ・メソジスト教会の婦人宣教師として来日した、マーサ・J・カートメルが1884年、東京・麻布鳥居坂(現在の港区六本木)に創立。神を敬い人に尽くす「敬神奉仕」の建学精神を脈々と受け継ぐ。大学は1989年、横浜に開設。人間科学部・国際社会学部の2学部を擁する。

 ■朝日教育会議

 14の大学・法人と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2019/別ウインドウで開きます)から。各会議の日時や会場、講演者などについても特設サイトをご覧下さい。

 共催の大学・法人は次の通りです。

 神田外語大学、京都女子大学、共立女子大学、慶応義塾大学、公立大学法人大阪、成蹊大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京工芸大学、東北医科薬科大学、東洋英和女学院大学、法政大学、明治大学、早稲田大学(50音順)