(社説)アイヌ施策法 「共生」深める一歩に

社説

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 アイヌの人々が民族の誇りをもって生活できる社会を実現する――。そううたうアイヌ施策推進法が今春に成立・施行されたのに続き、政府は今月、基本方針を閣議決定した。

 推進法はアイヌの人たちが先住民族だと明記し、差別を禁じ、国と自治体に施策を実施する責任を課した。基本方針では、日本が近代化する過程でアイヌの人たちが差別され、貧窮を余儀なくされた歴史的事実を受け止めねばならないと指摘。アイヌ文化の復興・発展の拠点として国が北海道白老町で整備中の「民族共生象徴空間」に関する項目なども盛り込んだ。

 主に北海道に先住し、独自の文化を育んだアイヌの人々は、明治政府が進めた「開拓」で先祖伝来の土地を追われた。同化政策の下、言葉や文化を奪われ狩猟や漁など生業も失った。

 アイヌの人たちへの不当な扱いや無理解と決別し、歴史や文化を国民全体で共有していく。まず問われるのは、市町村が計画を作り、国が交付金を出して実施する個々の事業だろう。

 国は、従来のアイヌ文化振興・福祉政策に加え、地域や産業、観光振興の視点からの支援を強調する。実際、安倍首相が今年初めの施政方針演説で「象徴空間」に触れた際は、北海道の自然を生かした体験型ツーリズムへの後押しと並列だった。

 アイヌの人たちからの要望もふまえた方針というが、単に地域の活性化に利用する形になっては本末転倒だ。例えば、アイヌのお年寄りの自分史を記録に残し、それを伝えていく事業を実施してはどうか。アイヌの人たちの自主性や意向を尊重しつつ、しっかり検討してほしい。

 推進法が置き去りにした課題もある。アイヌの人たちの「先住権」に触れていない点だ。

 07年の国連総会で採択され、日本も賛成した「先住民族の権利に関する宣言」は、土地や資源などで固有の権利を指摘した。これに伴い、海外では権利回復をはかる動きがある。

 一気に解決するのは難しいため、海外の例も参考に、まず国有地で動植物などの資源を幅広く利用する権利を認めるよう求める意見もある。アイヌの人たちの権利への思いを受け止め、政府は対話を重ねるべきだ。

 19世紀末に制定され、アイヌ文化の否定と同化政策の根拠となった「北海道旧土人保護法」をようやく97年に廃止してから、既に20年余が過ぎた。しかし、アイヌ民族への差別的な言動はなくなっていない。

 推進法は、アイヌ施策を通じて、全ての国民が互いに人格と個性を尊重しながら共生する社会の実現を目的に掲げる。言葉だけに終わらせてはならない。

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