(社説)裁判員制度10年 司法と市民、鍛え合って前へ

社説

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 戦後最大の司法の変革である裁判員制度が始まって、あすでちょうど10年になる。

 これまでに約9万人が裁判員を経験し、1万2千人の被告に判決が言い渡された。運用はおおむね順調といえるが、浮かびあがった課題も少なくない。

 刑事裁判にふつうの人の感覚や視点を採り入れることによって、市民との距離を縮め、司法を真に社会に根ざしたものにするために、この制度は導入された。今後も不断の検証と改善に取り組まなければならない。

 ■交錯する光と影

 10年間の最大の成果は、裁判がわかりやすくなったことだ。

 警察や検察が作った供述調書に頼らず、公開の法廷でのやり取りや客観証拠をもとに、検察が有罪を証明できているかを見きわめる。刑事裁判の本来の姿が、関係者の間で広く共有されるようになった。

 捜査側が持つ証拠を弁護側に開示する手続きが整備され、被告と弁護人がしっかり準備できる環境を整えるため、保釈が認められやすくなった。言った言わないの争いをしなくて済むように、取り調べ状況の録音録画も行われることになった。

 裁判員の存在を原動力に、捜査・公判がより公正な方向に向かったのは間違いない。それは裁判員裁判の対象でない事件にも及んでいる。この歩みを引き続き確実に進めるべきだ。

 量刑面でも変化があった。介護殺人などで被告の事情をくんだ判決や、更生への期待を込めた保護観察つき判決が増えた。逆に人間の尊厳を踏みにじる性犯罪の量刑は重くなり、一昨年の刑法改正にもつながった。市民参加の果実といえる。

 一方で裁判員らが導き出した量刑が、高裁さらには最高裁で破棄されるケースも目につく。過去の判決例から逸脱し過ぎていると指摘されるものが多く、公平性と市民感覚をどう両立させるかが問われている。

 取り返しのつかない死刑判決などは、プロがプロとして厳格にチェックするのは当然だ。だが旧来の「相場」の押しつけになってしまっては、なぜ市民が裁判に参加する必要があるのかとの不信を招きかねない。

 一審の裁判官は、刑の均衡の大切さについて裁判員にどんな説明をしたのか。それでもなお過去の基準にとらわれるべきではないと判断した事情を、判決の中で説得力をもって明らかにしているか。かたや上級審は、市民が得心できる理由を示したうえで覆しているか。

 直接、間接の対話を通じて相互の理解を深める努力が、いま改めて求められている。

 ■問われる法曹三者

 制度の今後を考えたとき、一番の懸念は参加率の低下だ。

 裁判員の候補者に選ばれても辞退する人は、当初の53%から67%に。辞退の手続きをしないまま呼び出し日に欠席する人も3割を超える。最高裁は「運営に支障はなく、裁判員の属性も大きく偏ってはいない」というが、軽視できない事態だ。

 市民が敬遠する原因のひとつに審理の長期化がある。

 裁判員事件の審理日数の平均は、制度がほぼ軌道に乗った2010年の4・2日から、昨年は6・4日になった。丁寧な審理を望む裁判員の声に応えてきた面があるにせよ、長くなれば参加できない人は増える。

 裁判に先立ち、裁判官、検察官、弁護人の法曹三者で、争点や提出する証拠を絞りこむ公判前整理手続きにかかる期間も、同じく延びている。公判の開始が遅れるほど関係者の記憶は薄れる。わかりやすい法廷をめざすための手続きが審理の質を損なうことになれば、本末転倒と言わざるを得ない。

 犯罪事実の認定や量刑に影響しない事柄まで、細かく争っていた過去への「揺り戻し」が起きてはいないか。法曹はそれぞれの視点で足元を点検し、修正を図る必要がある。

 ■導入の原点忘れずに

 市民参加の意義は、刑事司法の改革にとどまらない。

 司法に対する国民の理解と支持を高め、立法や行政に対峙(たいじ)する基盤を強める。市民も司法権の行使に直接関与することで、民主主義の担い手として成熟する。それも狙いとされた。

 だが実現はなお遠い。

 例えば民主政治の根幹に関わる一票の格差訴訟で、最高裁は国会に是正を迫る姿勢をむしろ後退させている。憲法の理念に基づき少数者の権利を守るという、司法本来の使命を忘れた判断が下級審も含め散見される。期待外れと言うほかない。

 市民の側に目を転じると、裁判員経験者からは、犯罪やそれを生んだ社会問題を「わがこと」ととらえ、考えるようになったとの声が多く聞かれる。一方で容疑者・被告への過剰なバッシングや、人権や民主主義を語ることを揶揄(やゆ)したり、おとしめたりする風潮が強まり、世の中に暗い影を落としている。

 多くの議論と苦労を経て作りあげ、定着しつつある裁判員制度だ。原点を忘れず、次の10年でさらなる発展を図りたい。

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