伊藤詩織さん映画を考える対話 浮かび上がってきた「問題」の本質は

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司会・構成 佐藤美鈴

【Re:Ron対話】ライター・小川たまかさん×映画作家・舩橋淳さん

 性被害を実名で訴えたジャーナリストの伊藤詩織さんが監督したドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」。日本の#MeToo運動の象徴を追った作品などとして国際的に高く評価される一方で、一部の映像や音声が許諾なく使われているとの指摘があり、日本では公開が決まっていない。映画に対する指摘をふまえ、作品についてどう考えるのか。ドキュメンタリーとジャーナリズム、性暴力をめぐる問題を描く難しさ、制作者の倫理と説明責任、解決に向けてできることは……。性暴力問題の取材執筆に取り組んできたライターの小川たまかさんと、セクシュアルハラスメントを主題にした作品やドキュメンタリーを手がけてきた映画作家の舩橋淳さんに、語り合ってもらった。

 ――それぞれどのような立場で今回の映画や問題に向き合ってきたのでしょうか。

 【小川たまか】 私は主に性暴力のことを取材しています。加害者を取材することもあるけれど、被害に遭った方や被害者を支援する側の取材をすることのほうが多いです。

 伊藤さんとは2017年に彼女が最初に記者会見する数カ月前に、私が彼女の取材を受ける形で初めて会って、そこで自分が被害に遭ったということも聞きました。その後、加害者として告発した元TBS記者との裁判、ツイッター(現X)の中傷投稿に「いいね」を押されたことをめぐる衆院議員(当時)との裁判、事実と異なるイラストを投稿されたことをめぐる漫画家との裁判も傍聴に通い、ずっと応援してきていました。

 【舩橋淳】 作り手としてドキュメンタリーも劇映画(フィクション)も撮ってきましたが、ドキュメンタリーを作るたびに伊藤さんが直面しているような問題に向き合ってきました。22年には「ある職場」というセクシュアルハラスメントをテーマにした映画を撮り、性加害やセクハラ、二次被害の問題についても考えてきました。

 「Black Box Diaries」については、プロデューサーのエリック・ニアリさんに以前自作をプロデュースしてもらったことがあり、制作中だという話は聞いていました。伊藤さんともフラワーデモに参加して話をするなど、接点がありました。こうした立場から、この作品に対してはひとごとではなく、声を上げなければいけない、と思いました。

今回の映画や性暴力をめぐる問題について、それぞれの立場から向き合ってきた2人。SNSをはじめ議論が過熱するなか、「分断が埋まることを願って」、じっくりたっぷり語り合います。

 ――「Black Box Diaries」をどのように見ましたか。

 【小川】 最初は昨年11月…

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この記事を書いた人
佐藤美鈴
デジタル企画報道部|Re:Ron編集長
専門・関心分野
映画、文化、メディア、ジェンダー、テクノロジー
  • commentatorHeader
    松谷創一郎
    (ジャーナリスト)
    2025年3月11日13時7分 投稿
    【視点】

    この対談は、作品に関連する問題について理解を深める内容となっています。とくに注目したいのは、この対談が現状生じている「分断」の緩和を目指していることです。 この問題は、性被害、性被害者の支援者、ジャーナリズム、ドキュメンタリーと複数の要素が混在しているため、さまざまな立場によって捉え方が異なります。この記事では異なる専門性を持つふたりの対談を通して、問題を立体的に読みほどこうとしています。 それは十分な価値がある内容だと受け止めました。両者の立場によってこの作品の見え方の異なりを明示していることが、分断の緩和につながると考えられます。 そしてこうした役割こそ、レガシーメディアの役割だと考えます。私も2月末の段階で同じ目的で長い記事を書きました。そこでは最後に「落ち着いた議論の場を準備するのは、長年の蓄積があるレガシーメディアの役割」と記しておきました。 ・『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』で交錯する視点──伊藤詩織監督の「表現」と法律家の「倫理」の相克(2025年2月27日/『Yahoo!ニュース:エキスパート』) https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5328ad5530647baf83dbbe4b29ea6344c8c92b6e 朝日新聞本紙ではないものの、この記事はちゃんと役割を果たそうとしている結果です。 なお私の記事は、専門家には十分に評価されましたが、PV数は驚くほど少なかったです(ギャラにすれば1000円にも満たないほどで、今後はYahoo!ニュース・エキスパートで専門的な記事は書けないなと思いました)。なぜPVが少ないのか? それはどちらの「陣営」にも不都合なことが書かれているからです。 それは、おそらくこの対談記事も同様です。だからシェアされにくいとも思います。 PVとSNSに依存しがちなネット媒体では、強い言葉のほうが成果を生みやすいです。多くのユーザーは自分の立ち位置に都合のいい情報を求めます。よって、どちらかの「陣営」に極端に偏るほど結果が出やすいわけです。こうしてネットメディアでは専門性が淘汰されていきます。 SNSの多くのユーザーは、(敵/味方志向を多分に含む)「わかりやすさ」を求めます。今回の場合で言えば、小川さんが指摘しているように「100%彼女は正しい、逆に100%彼女が悪い、というどっちかの議論になりやすい」。 そうした分断の緩和こそが、長年の信頼と知的な読者層に支えられるレガシーメディアの役割だと考えます。たとえ多くシェアされなくとも、オピニオンリーダーには伝わります。SNSの表面で見える動きに翻弄されず、静かに読む層に伝えることが大切です。 ただ欲を言えば、もう少し早い段階でこの記事を出して欲しかったとも思います。慎重で丁寧な分、時間がかかるのは確かですが、ネットは時間との勝負の場でもあります。思慮深くなかったり意図的にそれを煽ったりするSNSユーザーの発言とそれによる分断に、早い段階で釘を刺す機動性がレガシーメディアには求められています。

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