元日も高枝岳人さん(56)は柴犬(しばいぬ)のケンシロウと散歩に出た。緑内障の影響で左目は見えない。右目も足元が見える程度だが、散歩は「2人」の大切な日課だ。
石川県珠洲市宝立町の鵜飼(うかい)地区一帯を回り、海岸から約130メートルの自宅に帰ってきた。裏口そばにケンシロウをつなごうとしたその時だった。
ざーっ。
「何の音だ?」と考える間もなく、津波に下半身から倒された。土砂まじりの黒い水に体がのまれるのを感じた。限られた右目の視野のなか、傍らにいたケンシロウも流されようとしていた。
尻尾を必死につかんだ。引き寄せてしっかりと右脇に抱え、自宅の内壁にしがみついた。波が引くまでは5分ほど。水は、身長185cmある自身の腰にまで達していた。
母(78)と祖母(92)も1階で水につかった。避難所に向かおうとしたが、がれきで道路は通れず、日も暮れてきたので諦めた。
ケンシロウとのしばしの別れの前に。1人と1匹のさんぽの様子の動画を記事後半でご覧頂けます。
2階で一夜を過ごすことにしたが、灯油ストーブも動かない。4歳のケンシロウもぶるぶると震え、見たことがない様子だった。目の前の一軒家で火事が起き、徐々に火が広がっていた。夜中を過ぎても燃え続け、寒さと恐怖で一睡もできなかった。
翌日、自宅付近にいたボラン…