包丁がクルクル回りながら自分の方に転がってくる。それを上の方から、ひとごとのように見ている自分がいる――。
文化人類学者で大阪大学教授の北村毅さん(49)の心象風景だ。
自分の身体から意識だけが抜け出して、離れた場所から自分を見ている感覚。それは、精神的なダメージを避けようと、心の防衛反応として自分を切り離す「解離」という状態で、虐待を受けた子どもに起こることがある。
父は母を日常的に殴った。気に入らないことがあると、「女のくせに」と手を上げた。
暴力は自分にも向いた。だが、小中学生のころのことはあまり思い出せない。それでも、理不尽に怒る父が恐怖の対象だったことは間違いない。
父は「めんこい」といって気ま…