第2回「サッチャー」の一言でブーイング 英国パブで聞く労働者階級の歩み

有料記事オーウェルの道をゆく 「労働者階級の街」から見た英国のいま

イングランド中部メリデン=金成隆一
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 イングランド中部のコベントリーから西へ30キロほどの都市バーミンガムに向かう路線バスに乗った。

 ただ、そのまま乗っていると、誰とも会話できそうにない。人々と言葉をかわすことが取材の目的だ。そう思って、当てもなく次のバス停で降りた。

 「ウィガン波止場への道」を記したジョージ・オーウェルも1936年に、この行程をバスと徒歩で進んだと日記に残している。

最も裕福なエリアを通過

 現在地をスマホで確認すると、メリデンと地名が表示された。オーウェル日記にも簡単な記述が残っている。

 「1936年2月1日 メリデンの村を除き、コベントリーとバーミンガムのあいだには、まともな家はほとんどない」

 今もメリデン一帯の家々は他の地域より立派だった。住民3千人ほど。庭仕事をしていた女性が、この先に「250万ポンド級の家々が並んでいる」と教えてくれた。ピンとこなかったが、換算すると4億円を超える額だ。

 緩やかな坂道を上っていくと、大邸宅があった。鉄門の向こう、眼下に広大な敷地が広がっている。

 男性が1人、鉄門の向こうで庭作業していた。「すばらしい眺めですね」と路上から声を掛けると、こう答えた。「この辺りは1千年の歴史がある集落。隣の教会が1040年ごろの建築だよ」

 オーウェルの道をたどっていると説明すると、男性が教えてくれた。「オーウェルが通ったとすれば、あの道だろう。道沿いに、いいパブがあるよ」

 教会の脇から「パブリック・フットパス(公共の遊歩道)」がパブまで続いているので、その道をたどるのがよいだろう、と助言もくれた。イングランドらしい牧草地帯の風景が広がり、しばらく歩くと、放牧牛がどんどん近寄ってきた。フットパスをたどっているだけで、こんな自然に接することができる。国内に張り巡らされているフットパスは全長22万キロ。地球5周半に相当する。

パブで教わる「労働者階級」の意識

 牧草地を抜けると、目的地のパブが見えてきた。ここで知り合ったのが、元エンジニアのミック(68)だ。

 ミックは一帯が、自動車やバイク、農業用トラクターなど、製造業の一大産地だった過去を懐かしんだ上で、こう話した。

 「今では産業の中心が金融や保険、テクノロジーに移った。世界的な銀行や投資会社があっても、雇用の規模では重工業に及ばないし、大学を卒業しないと相手にもしてもらえない。私の世代までは、大学に行かなくても、見習いとして手に職をつけて一人前になることができた。幸せな時代だった」

 私がかつてアメリカ中西部のラストベルト(さびついた工業地帯)で聞いた中高年の労働者たちの嘆きとそっくりだ。

 ミックは1969年に15歳で学校を出て、父が勤めていた地元の会社に入り、船に乗り込むエンジニアとして海外も回り、「満足な人生を送ってきた」と語った。

 聞いてみたいことが階級意識だった。ミックが答えた。「私は労働者階級の『出身』だ。幼少期はかなり貧しい生活を送った。スラム街と言うほどは悪くなかったが、似たような環境で暮らしていた。祖父も父もとても熱心に働いていたというのにね」

パブで居合わせた「労働者階級出身」の男性との会話は2時間に及びました。記事後半では、男性の階級意識のほか、英国のEU離脱(ブレグジット)を支持し今は後悔している妻の話になりました。

 父親は社会主義者だったとい…

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    遠藤乾
    (東京大学大学院法学政治学研究科教授)
    2023年7月27日17時0分 投稿
    【視点】

    米ラストベルト取材で定評のある金成隆一記者が英国のミッドランドを歩いておられる。卒業コラムかな。  1990年代に3年ほど住んだこの国で、わたしも階級というものを知った気がする。たしか1992年の選挙でMichael Portillo(保

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    鈴木一人
    (東京大学大学院教授・地経学研究所長)
    2023年7月28日3時8分 投稿
    【解説】

    『トランプ王国』の時は地理、つまりどの地区に住んでいるのかというところが一つの焦点になっていたが、イギリスでは階級がカギになる。しかし、その違いを除けば、アメリカとイギリスの問題は相似形をなすだけでなく、彼らのイメージを示す手書きの図まで同

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