イングランド中部メリデン=金成隆一
イングランド中部のコベントリーから西へ30キロほどの都市バーミンガムに向かう路線バスに乗った。
ただ、そのまま乗っていると、誰とも会話できそうにない。人々と言葉をかわすことが取材の目的だ。そう思って、当てもなく次のバス停で降りた。
「ウィガン波止場への道」を記したジョージ・オーウェルも1936年に、この行程をバスと徒歩で進んだと日記に残している。
現在地をスマホで確認すると、メリデンと地名が表示された。オーウェル日記にも簡単な記述が残っている。
「1936年2月1日 メリデンの村を除き、コベントリーとバーミンガムのあいだには、まともな家はほとんどない」
今もメリデン一帯の家々は他の地域より立派だった。住民3千人ほど。庭仕事をしていた女性が、この先に「250万ポンド級の家々が並んでいる」と教えてくれた。ピンとこなかったが、換算すると4億円を超える額だ。
拡大するチャーチ通りの緩やかな坂道を抜けると、大邸宅が並んでいた=2022年11月4日、メリデン、金成隆一撮影
緩やかな坂道を上っていくと、大邸宅があった。鉄門の向こう、眼下に広大な敷地が広がっている。
拡大する大邸宅の鉄門の向こうに広大な敷地が広がっていた。住人から許可をもらい、柵越しの風景を撮影した=2022年11月4日、メリデン、金成隆一撮影
男性が1人、鉄門の向こうで庭作業していた。「すばらしい眺めですね」と路上から声を掛けると、こう答えた。「この辺りは1千年の歴史がある集落。隣の教会が1040年ごろの建築だよ」
オーウェルの道をたどっていると説明すると、男性が教えてくれた。「オーウェルが通ったとすれば、あの道だろう。道沿いに、いいパブがあるよ」
拡大する「パブリック・フットパス」の案内表示。私有地の中だが、散策を楽しむことができる。英国中に22万キロ延びている=2022年11月4日、メリデン、金成隆一撮影
教会の脇から「パブリック・フットパス(公共の遊歩道)」がパブまで続いているので、その道をたどるのがよいだろう、と助言もくれた。イングランドらしい牧草地帯の風景が広がり、しばらく歩くと、放牧牛がどんどん近寄ってきた。フットパスをたどっているだけで、こんな自然に接することができる。国内に張り巡らされているフットパスは全長22万キロ。地球5周半に相当する。
拡大する牧草地帯を横切るパブリック・フットパス。放牧牛がどんどん近寄ってきた=2022年11月4日、メリデン、金成隆一撮影
牧草地を抜けると、目的地のパブが見えてきた。ここで知り合ったのが、元エンジニアのミック(68)だ。
ミックは一帯が、自動車やバイク、農業用トラクターなど、製造業の一大産地だった過去を懐かしんだ上で、こう話した。
「今では産業の中心が金融や保険、テクノロジーに移った。世界的な銀行や投資会社があっても、雇用の規模では重工業に及ばないし、大学を卒業しないと相手にもしてもらえない。私の世代までは、大学に行かなくても、見習いとして手に職をつけて一人前になることができた。幸せな時代だった」
私がかつてアメリカ中西部のラストベルト(さびついた工業地帯)で聞いた中高年の労働者たちの嘆きとそっくりだ。
ミックは1969年に15歳で学校を出て、父が勤めていた地元の会社に入り、船に乗り込むエンジニアとして海外も回り、「満足な人生を送ってきた」と語った。
聞いてみたいことが階級意識だった。ミックが答えた。「私は労働者階級の『出身』だ。幼少期はかなり貧しい生活を送った。スラム街と言うほどは悪くなかったが、似たような環境で暮らしていた。祖父も父もとても熱心に働いていたというのにね」
パブで居合わせた「労働者階級出身」の男性との会話は2時間に及びました。記事後半では、男性の階級意識のほか、英国のEU離脱(ブレグジット)を支持し今は後悔している妻の話になりました。
父親は社会主義者だったと…