私たちは新たな戦争の時代に向かっているのか? ハラリ氏寄稿

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 数年前、私は「21 Lessons――21世紀の人類のための21の思考」という本を書き、そのうちの1章を戦争の未来にあてた。「人間の愚かさをけっして過小評価してはならない」という副題をつけたこの章では、以下のように主張した。

筆者略歴

ユヴァル・ノア・ハラリ 歴史学者。1976年イスラエル生まれ。ヘブライ大学教授。著書に「サピエンス全史」「ホモ・デウス」、近著に「人類の物語 Unstoppable Us ヒトはこうして地球の支配者になった」(いずれも河出書房新社)など

 21世紀の最初の20年ほどは、人類史上で最も平和な時代であり、戦争の遂行は経済的にも地政学的にももはやほとんど理に適(かな)わなくなった。だからといって、平和が完全に保証されたわけではない。なぜなら、「人間の愚かさは、歴史を動かすきわめて重要な要因」であり、「合理的な指導者でさえ、はなはだ愚かなことを頻繁にしでかしてしまう」からだ。

ウクライナ侵攻の衝撃

 このような所見を述べた私も、2022年2月にウラジーミル・プーチンがウクライナ征服に乗り出したときには、さすがに衝撃を受けた。そのような暴挙は、ロシア自体にとっても、全人類にとっても、途方もない害をもたらすことが見込まれるため、あの冷血な誇大妄想者でさえ手を染めることはなさそうに思えたからだ。ところが、ロシアの独裁者は、史上最も平和な時代に終止符を打ち、人類を新たな戦争の時代へと向かわせることを選んだ。その新時代は、これまで誰も目にしたことがないほど嘆かわしいものになりかねない。それどころか、人類の存続そのものを脅かしかねない。

 これはなんとも悲惨な出来事であり、戦争は避けようのない自然災害ではないことを過去数十年の歴史が示してきたことを踏まえれば、なおさらだ。戦争は人間の選択の結果であり、その選択は時と場所により、さまざまだ。1945年以降、大国間の戦争は一つも起こっていないし、国際的に認められた国家が他国に征服されて壊滅するなどという事例もまったくない。限定的な地域紛争や局地戦争は、依然としてときおり見られた。私はイスラエルに暮らしているので、それを身をもって知っている。だが、イスラエルはヨルダン川西岸を占領しているものの、国家が暴力を使って自国の国境を一方的に拡張しようとすることはまれだった。それが一因で、イスラエルによる占領は、これほど多くの注意と批判を集めてきたのだ。何千年にも及ぶ帝国支配の歴史の規範は、忌み嫌われるものとなったのだった。

 内戦や反乱やテロリズムを含めたときにさえ、ここ数十年間に戦争で亡くなった人は、自殺、交通事故、あるいは肥満関連の疾患で亡くなった人よりもはるかに少ない。2019年には、武力紛争や警官による発砲で約7万人が命を落としたのに対して、自殺した人は約70万人、交通事故の犠牲者は約130万人、糖尿病による死者は約150万人にのぼった。

 もっとも、平和はたんなる数値の問題にとどまらない。過去数十年間でいちばん重要な変化は、心理的なものかもしれない。何千年にもわたって、平和は「戦争の一時的途絶」を意味した。たとえば、ローマとカルタゴが戦った3度のポエニ戦争の合間には、何十年もの平和があったが、「ポエニ平和」がいつ崩れてもおかしくないことは、ローマとカルタゴの人なら誰もが知っていた。政治も経済も文化も、すべて戦争を絶えず予期して営まれた。

「古い平和」と「新しい平和」

 ところが、20世紀末から21世紀初頭にかけて、「平和」という言葉の意味が変化した。「古い平和」は「戦争の一時的途絶」を意味していただけにすぎなかったのに対して、「新しい平和」は「戦争勃発のありえなさ」を意味するようになった。世界の(すべてではないにせよ)多くの地域で、各国が隣国に侵略されて壊滅するかもしれないなどという恐れを抱かなくなった。チュニジア人はイタリアによる侵略を心配するのをやめ、コスタリカ人はニカラグアの軍隊がサン・ホセを急襲するとは考えず、サモアの人々はフィジーの艦隊が水平線の彼方(かなた)から突如姿を現すことを懸念しなくなった。各国がこうした展開に不安を感じなくなったことが、どうしてわかるのか? 国家の支出を見ればいい。

 近年まで、あらゆる帝国やスルタン国、王国、共和国の支出で第1位を占めることが見込まれていたのが軍事費だ。各国政府は、医療や教育にはほとんどお金を使わなかった。なぜなら、資金の大半が、兵士の給料や防壁の建設、軍艦の建造などに回されたからだ。ローマ帝国では支出の約50~75%が軍隊に費やされた。中国の宋(960年~1279年)では約8割、17世紀後半のオスマン帝国の場合は約6割だった。1685年から1813年にかけて、イギリス政府の支出に占める軍事費の割合は、一度も55%を下回らず、平均で75%に達した。20世紀の大規模な戦争の間は、民主主義国家も全体主義政権も、機関銃や戦車や潜水艦を調達するために、そろって負債を抱え込んだ。近隣の国がいつ侵略してきて、都市で略奪を働き、人々を奴隷にし、領土を併合してもおかしくないときには、軍備に予算を注ぎ込むのは、もっともなことだ。

 「新しい平和」の時代の国家予算に目を通せば、これまでに書かれたどんな平和主義の論文を読むよりも、格段に大きな希望が湧いてくることだろう。21世紀初めの政府の軍事支出は平均でわずか6・5%であり、最も有力な超大国のアメリカでさえ、自国の優位性を維持するために、約11%しか使わなかった。人々がもはや外部からの侵略を恐れずに暮らしていたので、各国政府は軍事よりも医療や福祉や教育にはるかに多く出資することができた。たとえば、平均の医療歳出は政府予算の10・5%で、国防予算の約1・6倍だった。今日、多くの人は、医療予算が軍事予算をしのぐと聞いたところで、驚きもしないだろう。だが、「新しい平和」を当然のものと受け止め、それゆえ顧みなければ、ほどなくその平和を失うことになる。

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武力で奪えない「知識」という資源

 「新しい平和」は、三つの大きな要因の結果だった。第一に、テクノロジーの変化、とりわけ核兵器の開発のせいで、戦争の代償、それも特に超大国間の戦争の代償が、桁違いに増した。原子爆弾は、超大国同士の戦争を集団自殺という狂気の行為に変え、そのために超大国は広島と長崎以降、戦争による直接対決を避けてきた。

 第二に、経済が変わって戦争から得られる利益が激減した。かつて、主要な経済的資産は物質的な資源であり、力ずくで手に入れることができた。ポエニ戦争で勝利したローマは、打ち負かしたカルタゴから略奪し、敵地の人々を奴隷として売り飛ばし、スペインの銀鉱山と北アフリカの小麦畑を奪って豊かになった。ところが近年は多くの場所で、科学や技術や組織の知識が経済的資産として最も重要になった。シリコンバレーにはシリコンの鉱山はない。マイクロソフトグーグルといった1兆~2兆ドル規模の巨大企業は、足下の地面の中に埋まっているものではなく、エンジニアや起業家の頭の中に入っているものを基盤として築かれている。そして、武力で銀鉱山を奪うのは簡単だが、同じ方法で知識を獲得することはできない。このような経済の現実が、征服の収益率の急落につながった。

 物質的な資源をめぐる戦争は、中東のような、世界の特定の地域の特徴であり続けているものの、第2次世界大戦後の経済大国は、帝国主義的な征服抜きで発展した。ドイツと日本とイタリアは、軍が解体され、領土が縮小したにもかかわらず、戦後、経済が急速に成長した。中国経済の奇跡は、1979年以来、大きな戦争をまったくおこなうことなく達成された。

 私がこの文章を書いていた(昨年)11月上旬、ロシア兵たちはウクライナの都市へルソンで略奪を働き、ウクライナ人の家庭から盗んだカーペットやトースターを満載したトラックをロシアに送り返していた。だが、これでロシアが豊かになることはないし、莫大(ばくだい)な戦費を負担させられたロシア人が補償されるわけでもない。だが、プーチンによるウクライナ侵略は、テクノロジーと経済の変化だけでは、「新しい平和」を生み出すには不十分だったことを証明している。指導者のなかには、権力欲があまりに強く、はなはだ無責任なために、自国の経済に破滅をもたらし、全人類を核のハルマゲドン(壊滅的な最終決戦)に向かわせるような戦争を始めかねない輩(やから)がいる。そこで不可欠になる、「新しい平和」の第三の柱が、文化と制度の要因だった。

資源を戦車から教師に

 人間社会は、戦争は避けられず、望ましくさえあるという見方をする軍国主義の文化に、長らく支配されてきた。ローマとカルタゴの貴族はともに、武勲を立てるのが人生の最高の業績であり、富と権力への理想的な道筋だと信じていた。ヴェルギリウスやホラティウスのような詩人も同意見で、武器と戦士を歌い、血みどろの戦いを賛美し、残忍な征服者に不朽の名声を与えることに才能を捧げた。一方、「新しい平和」の時代には、詩人は戦争の恐ろしさを暴くことに心血を注ぎ、政治家は外国の都市を略奪する代わりに医療制度の改革を始めることで足跡を残そうとした。世界中の指導者が、核戦争の恐怖と、経済の性質の変化と、新しい文化の潮流に影響されて力を合わせ、適切に機能するグローバルな秩序を築き、ときおり現れる主戦論者を抑えながら、各国が平和的に発展することを可能にした。

 このグローバルな秩序は、自由主義の理想、すなわちすべての人間が同じ基本的自由を与えられるに値すること、どの人間の集団も他のすべての集団より本質的に優れてはいないこと、あらゆる人間が核心的な経験と価値観と利益を共有することを土台としてきた。こうした理想に促された指導者たちは戦争を避け、協力して人類共通の価値観を守り、人々の利益を増進した。自由主義のグローバルな秩序は、普遍的な価値観の信奉を、グローバルな制度の平和的な機能と結びつけた。

 このグローバルな秩序は完璧には程遠かったとはいえ、イギリスやアメリカといった旧来の帝国の中心勢力の人々ばかりでなく、インドからブラジル、ポーランドから中国まで、世界の他の多くの場所の人々の生活も向上させた。どの大陸の国々も、グローバルな貿易と投資の増大の恩恵を受け、ほぼすべての国が平和の配当を享受した。デンマークカナダが資源を戦車から教師に振り向けることができただけではなく、ナイジェリアインドネシアも同様だった。

 自由主義のグローバルな秩序に対する不満をぶちまける人は誰でも、まず次の単純な問いに答えるべきだ。2010年代よりも人類が良好な状態にあった10年間を挙げてもらえるだろうか? どの10年間が、過ぎ去ってしまった黄金時代だというのか? 第1次世界大戦とロシア革命が起こり、人種差別的な法律が幅を利かせ、ヨーロッパの諸帝国がアフリカとアジアの大半を容赦なく搾取していた1910年代だろうか? ことによると、ナポレオン戦争が血なまぐさいクライマックスを迎え、ロシアと中国の農民が領主に虐げられ、イギリス東インド会社がインドの支配権を掌握し、奴隷制度が依然としてアメリカとブラジルと、世界の他のほとんどの場所で合法だった1810年代だろうか? もしかしたら、スペイン継承戦争や大北方戦争やムガル継承戦争が起こり、あらゆる場所で子供の3人に1人が成人する前に栄養失調や病気で亡くなっていた1710年代を夢見ているのだろうか?

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■攻撃されたグローバルな秩序…

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    鈴木一人
    (東京大学大学院教授・地経学研究所長)
    2023年2月26日7時0分 投稿
    【視点】

    正面切って反対することが難しい議論ではあるが、よく読んでみるとグローバル化する世界が最も現代の人間活動に最適化された仕組みだ、という主張であり、その意味では形を変えたグローバリズム(グローバル化することが最も良いことだという考えに基づく社会

    …続きを読む