海に沈めた淀川のマッコウクジラ かなわなかった標本化がもつ意味

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杉浦奈実

 大阪市西淀川区の淀川河口付近に入り込んでいたオスのマッコウクジラ(体長約16メートル)。1月13日に死んでいるのが確認され、標本化を希望していた機関もあったものの、19日に市の判断で紀伊水道の沖に重りとともに沈められた。なぜ、この方法をとることにしたのか。かなわなかった標本化の持つ意味とは。

 市立自然史博物館(市博)は20日、ホームページに「当館では大阪市博物館機構を通じて市の関係部局に標本化の希望を伝えてまいりました」などと掲載した。

 一方「標本化には資金だけでなく、処理をする土地、重機の手配などが必要となります。博物館単独でこれらすべてを行うことはできません」「行政としての方針決定を受けない限り、博物館単独での実施はできないことは、当初から理解しています」とも記した。

 市博の佐久間大輔学芸課長によると、クジラが淀川に迷い込んできたことがわかった直後から、市の関係部局と連絡を取り始めた。死亡が確認された際には標本化の意義を伝えるだけでなく、日本鯨類研究所(日鯨研)が持つ補助金の活用案など費用面も含めた素案を出していたという。

 日鯨研によると、この補助金は「寄鯨調査事業」で、座礁したり、漂着したりした大型のクジラについて、自治体と話し合ったうえで、できた調査の範囲などに応じて処理費用を負担するもの。今回のマッコウクジラでも市博、国立科学博物館(科博)の研究者らとともに日鯨研の研究員も調査に入った。標本化のために追加で必要な部分の費用などについてはカバーされないものの、処理にかかる費用面では大きな助けになる。

 この事業で調査されたクジラは公表されていて、2022年度だけで10頭が調査されている。うち、マッコウクジラは今回のものも含めて4頭だ。

 打ち上がったり、湾内に迷い込んだりして死んでしまったクジラの処分方法については、海中に沈めるほか、焼却や、地面に埋める方法がある。標本化する場合もあり、その場合は解体してできるだけ筋肉などを取り去ったあと、いったん地面に埋めて微生物による分解を待ち、数年後に掘り返すことが多い。動物の骨格標本をつくるには長時間煮る方法があるが、大型のクジラは器具に入れるには大きすぎるためだ。

 標本化を見送った今回の判断について、大阪市の松井一郎市長は報道陣に対し「腐敗が進むと、体内にガスがたまって爆発する。そうなると周辺の住民に非常に迷惑がかかる」とスピード感を重視したと説明した。短期間で埋める場所を確保するのは難しいとも述べた。

 なぜ、博物館は標本化を希望したのか。

 一般に博物館についてイメージするのは標本の展示だが、実は点数だけでいえば、博物館のもっている標本は普段、ほとんどが表に出ていない。市博でも2021年度末時点で約192万点の資料をもつものの、展示しているのは約1万5千点だ。特別展などで見られることもあるが、一般の目に触れないものも多い。

展示だけではない、博物館の役割

 和田岳主任学芸員は、博物館の大きな役割として、展示を含む普及・教育のほかに、標本を集めて研究のベースになる資料を提供することがあると説明する。

 生きものは同じ種であっても、性別や年齢、育ってきた環境などによってそれぞれ違いがある。たくさんの個体を比べることで初めてわかることは多い。こうした研究の成果は、学術論文だけでなくレッドリストの情報など、行政にも生かされる。

 例えば同館にはすでにメスのマッコウクジラの標本があるが、今回死亡したオスとは明らかに形が違う。標本が手に入れば、雌雄の差を含め、種についてのより深い理解につながると期待したという。

 和田さんは「そもそも、大阪湾の鯨類は全て残すという方針で動いている」と話す。この30年ほどの間に大阪湾で見つかった大型クジラの死体は今回を除き7体。全てが同館を含む博物館に収蔵されている。標本にするのは「通常業務」のひとつだ。

記事後半では「海に帰してあげたい」という意見についての思いも聞いています。

 巨大な体をもち、生態系の頂…

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この記事を書いた人
杉浦奈実
熊本総局
専門・関心分野
生物多様性、環境、科学