公共図書館にまつわる風景の撮影をライフワークにした写真家、漆原宏さんが9月15日に83歳で亡くなった。本との出会いを求めて集う人々を1970年代後半から約40年にわたって活写し、撮りためた3万6千点超のフィルムやデータは、「市民の図書館」作りが進んだ時代の貴重な記録でもある。

 漆原さんは1939年、東京生まれ。働きながら専門学校でカメラを学んだ。土門拳や木村伊兵衛の作品集や写真雑誌を出版する研光社を経て、74年に独立した。

 文芸誌などの仕事で生計を立てる一方、76年に各地の公共図書館の撮影を始めた。中小都市の図書館を発展させようという60年代からの機運が、移動図書館の試みや主婦たちの家庭文庫活動、図書館建設を求める市民運動とも響き合い、実を結び始めた頃だ。従来の図書館の暗くて堅いイメージを払拭(ふっしょく)し、市民の要望と主体性を尊重する方向が目指された。漆原さんは、そうした動きに共鳴し、沖縄から北海道まで旅を重ねていく。

 被写体は、外観より、もっぱら「人の動き」だった。おめあての一冊を探し、読みふける利用者の横顔。カウンターでの職員とのやりとり。書庫整理、本の修繕、住民懇談会や図書館のチラシ配りなどのカットも興味深いが、目を引くのは子どもたちのいきいきした笑顔だ。彼らを追いかけ、一緒に床に寝転がって遊び、一瞬をとらえた。

 「すーっと入ってきて、距離を感じさせない人」。日本図書館協会の元出版委員長、松島茂さん(74)は言う。東京都墨田区立図書館にいた頃、たびたび訪問を受けた。「ファインダーを通し、漆原さんは図書館に日本の民主主義の実像を発見していたんだろうと思う」

 漆原さん自身は生前のインタビューで、図書館についてこう答えている。著者の「生き方の結晶」である図書資料から、私たちが知恵を引き出し、学べる場所。遊び、憩い、何でもありの場所。そして人が出会い、つながれる空間――。だから「図書館は建ってからが本腰の入れ時」とも。

 図書館の日常を切り取った写真…

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