「悪魔の詩」著者のサルマン・ラシュディ氏、NY州の講演で刺される

ニューヨーク=藤原学思 テヘラン=飯島健太
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 小説「悪魔の詩」を書いたことで論争を巻き起こし、長らく殺害予告の対象になってきた作家、サルマン・ラシュディ氏(75)が12日昼、講演のために訪れていた米ニューヨーク(NY)州ショトーカで男に首や腹部を刺された。州警察が発表した。

 ラシュディ氏は数時間にわたって手術を受けた。代理人は12日夜、米メディアにラシュディ氏が人工呼吸器につながれ、話すことができない状態だと明らかにした。「片目の視力を失うおそれがある。腕の神経が切断され、肝臓も損傷を負っている」という。

 州警察によると、男は現場で身柄を拘束され、ハディ・マタール容疑者(24)と特定された。現場から約500キロ離れたニュージャージー州に暮らし、動機は明らかになっていない。

 事件は午前10時45分、教育施設「ショトーカ総合学園」で起きた。ラシュディ氏は壇上に上がった直後、容疑者に襲いかかられ、首と腹部を少なくとも1回ずつ刺されたという。

 容疑者は会場のスタッフや聴衆から取り押さえられ、現場にいた州警察に引き渡された。早ければ12日中にも刑事訴追される見通し。ラシュディ氏は現場で手当てを受けた後、ヘリコプターで地元の病院に搬送された。

 ラシュディ氏の講演予定は施設のウェブサイトで公開されていた。州警察によると、ともに壇上に上がった進行役の男性(73)も顔に軽傷を負ったが、すでに退院している。

 現場に記者がいたAP通信によると、男は10~15回にわたり、ラシュディ氏を殴ったり刺したりした。ラシュディ氏は倒れ、血まみれだった。会場には数百人の観客がいて、そのうちの1人はAP通信に対し、「襲撃は20秒ほど続いた」と語ったという。

 ニューヨーク・タイムズ紙は会場にいた別の目撃者の話として、「犯人は1人だった。ゆったりとした黒い服を着ていて、すさまじいスピードでラシュディ氏に駆け寄っていった」と伝えている。

 現在は米国に暮らすラシュディ氏は、インド出身で英国籍を持つ。1981年、インドの独立前後の様子をテーマにした小説「真夜中の子供たち」で権威のある文学賞、英ブッカー賞を獲得した。

 88年には、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯を題材とした「悪魔の詩」を出版。同作もブッカー賞の最終候補になった。ただ、登場人物の売春婦たちがムハンマドの妻たちの名前だったことなどから、「イスラム教を冒瀆(ぼうとく)している」との意見も多く出た。

 イランの当時の最高指導者、ホメイニ師は「ファトワ」(宗教見解)として、89年に「死刑」を宣告。イラン国内の財団は、ラシュディ氏を殺害した者に330万ドルの「懸賞金」をかけていた。

 同書は日本でも90年に出版された。翻訳を務めた筑波大助教授、五十嵐一さん(当時44)は91年7月、何者かに大学構内で殺害された。だが、容疑者が検挙されないまま、2006年に時効が成立した。(ニューヨーク=藤原学思、テヘラン=飯島健太

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